一般編  Vol.160
田坂 克郎さん
 長崎県五島列島福江島生まれ、大阪育ち。阪南大学卒業後、渡米。アイダホ州ツインフォールズのコミュニティ・カレッジで1年半、2004年からはSFSUで国際関係論を学び、2006年に修士を取得。その後日本に戻り、2008年、外務省の専門調査員制度試験で採用され、以後、在サンフランシスコ日本総領事館で政務班に属してコミュニティ担当、主に日系米国人コミュニティとの関係強化を仕事としている。余暇は、コミュニティ作りに精を出している。妻と二人暮らし。
さまざまなコミュニティ作りに尽力
 サンフランシスコ日本国総領事館の政務班に勤務し、コミュニティとの関係強化を図り、よりよい日米関係を築くために尽力している田坂さんに、ベイエリアでの暮らしぶりを伺いました。
田坂 克郎さん

(Yoshiro Tasaka)BaySpo 1300号(2013/10/25)掲載

ベイエリアに住むことになったきっかけ
 初めて渡米したのは2003年に留学をした時で、アイダホ州にいました。その後、ベイエリアにはSFSUに通うために2004年に来ました。卒業した2006年に一度日本に帰国して、領事館の仕事で2008年から再びベイエリアに来ています。

ベイエリアの印象
 ベイエリアの住民の多くが社会に何か還元しようとしていて、社会資本の多い地域だなと思います。ベイエリアの人と社会との密接な関係が、すごく刺激になっています。

自分の専門分野について
 今の仕事で学んだことですが「コミュニティについて」です。日系米国人コミュニティについては随分詳しくなりました。日系人の歴史と日本の歴史は似ていると感じています。特に戦後は、ともに非日系化していったという点で、すごく似ています。それからコミュニティという概念が弱くなった点も似ています。2011年に東日本大震災があり、コミュニティの大事さを改めて認識しました。被災地にはプライベートで3度行きましたが、そこで、コミュニティは人にとってのセーフティネットであるということに気付きました。例えば、生存した学生の多くが、祖父母も含めた3世代で暮らしていたということを聞きました。日常的に祖父母から、津波があったら山に登れと言われていたそうです。コミュニティがあれば何かあっても助けてくれる仲間、家族、過去から蓄積された情報も安全な居場所もある、ということです。
 そんなこんなで、最近、余暇はコミュニティ作りをすることにはまっています。「バークレー町内会」というものを作りました。基本的には月に1回飲むだけなのグループですが、参加者がこの人は本当に信頼できるっていう人=セーフティネットをたくさん見つけてくれるといいなって思っていますし、コミュニティとして育っていけば嬉しいです。また、日本町町内会というものも立ち上げ、これは日系人と日本人がより仲良くなり、ひとつのコミュニティを作れないかなっていう願いで作りました。同じ願いをもったマサ・ジョウとケン・タケダと3人で始めましたが、こちらの方はチャレンジングで、いつも試行錯誤しています。そのほかもいろいろトライしてますが、まだまだコミュニティを作る人間として経験不足です。町内会って日本にある最小のコミュニティの単位だと思うのですが、小さくてもいいので、人と人が信頼で結ばれているコミュニティがたくさんできればなと思います。町内会にご興味ある方は、フェイスブックでそれぞれ「バークレー町内会」、「Japantown cyounaikai 日本町」で検索してみてください。

領事館での仕事について
 主に日系コミュニティへのアウトリーチです。コミュニティとの関係強化を通じて、日米関係がよくなるように努めるのが仕事です。アウトリーチする場所はサンフランシスコ近郊だけでなく、モントレー、フレズノ、サクラメント、ネバダ州など、広範囲にわたります。日系人の方々はいろいろな地域で活躍されており、ネットワークや影響力が強いので、非常に心強いです。日系人の方々は、20世紀前半までは差別に苦しみましたが、戦後、一生懸命働いて、今や、モデルマイノリティーと評されアメリカ社会で尊敬を集めています。カリフォルニアは日系人口が最も多い州で、約43万人います。我々日本人がここで差別されない、また、尊敬されるのは日系人の方々のおかげです。ちなみに、戦後日本企業が進出した際、まだ認知されていない日本製品を買って日本企業を支えたのも日系人だそうです。さらに、最近では阪神大震災や東日本大震災でも多額の義援金を日本に送っています。サンノゼ日本町には、日系人博物館がありますし、11月にはサンフランシスコのプレシディオにMIS(戦時中の日系人部隊)歴史教育センターがオープンします。サクラメントのカリフォルニア博物館にも日系人の展示がありますので、ぜひ行ってみてください。

その道に進むことになったきっかけ
 学生時代に、領事館でインターンさせて頂いていて、そこで今の私の職業である「専門調査員制度」ということを学んだので、今の職場には本当に縁を感じています。

英語で仕事をするということ
 難しいですね。下手なので思うように伝わらないことが多いですし、英語を話しているときには、自分が自分じゃないような気になります。だから英語が母国語の方と信頼関係ができると2倍うれしいです。

英語で失敗したエピソード
 渡米したての頃は、本当に英語ができなくて。ある日、トイレに行きたくて、でも何ていっていいか分からなくて、「I want pee」って言ったら、友達から「You want my pee? Or his pee?」と聞かれました。恥ずかしかったです。

英語が100%ネイティブだったらどんな仕事に?
 1回だけStandup comedyに挑戦したいです。

あなたにとって仕事とは
 今の仕事という意味だと「勉強」です。いろいろな事を学べます。

いまの仕事に就いていなかったら
 想像すると怖いです。

現在、住んでいる家 
 バークレーにある2ベッドルームのアパートメント

乗っている車
 TOYOTA マトリックス

睡眠時間・起床時間・就寝時間
12時に寝て、6時半から7時に起きます。

最もお気に入りのレストラン
 バークレーの「㐂楽」。毎月7日はバークレー町内会を「㐂楽」さんで開催しています。ご迷惑もかけております・・・。だいきさん、早苗さん、いつも、ごめんなさい。

1億円当たったとして、その使い道
 基金を作って、いろんなところに毎年、寄付します。

日本に戻る頻度
 年に1〜2回くらいです。

最近日本に戻って驚いたこと
 自分と同じくらいの世代の人たちが、社会変革のために画期的なことをいろいろ始めていて刺激になります。

日本に持って行くお土産
 トレーダージョーズのヨーグルトプレッツェルが好評だと聞いてます。

日本からベイエリアに持ち帰ってくるもの
 本。

現在のベイエリア生活で、不便を感じるとき
 BARTストライキですかね。イーストベイ住民の敵ですね。

現在のベイエリア生活で不安に感じること
 必ず起こると言われている大地震です。

お勧めの観光地
 住んでいた時はわからなかったですが、アイダホ州はすごくいいところです。私が住んでいたTwin Fallsも非常に綺麗な町です。

永住したい都市
 バークレー

5年後の自分に期待すること
 どこで何を仕事にしていても、コミュニティ作りをしていたいです。

最も印象に残っている本
 C.アドラーの『ひとときのヒーロー』。内容は、のび太的な主人公が、ジャイアン的な同級生をやっつけてヒーローになるというすごく単純な内容でした。小さい頃に人生で初めて読んだ小説なので一番印象深いです。

最近読んだ本
 宇野常寛さんのリトルピープルの時代。村上春樹と仮面ライダーを批評しながら、現代を読むという訳のわからない本ですが、めちゃくちゃ面白いです。

最近観た映画
 『Gravity』。とてもお勧めです!

自分を動物にたとえると
 犬。人懐っこいので。

(BaySpo 2013/10/25号 掲載)

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