大統領選挙の予備選が進む米国では、候補者の支持率や争点に関する世論調査が頻繁に発表されますが、しばしば指摘される問題の一つに、成人の約1割を占める「携帯電話しか持たない層が世論調査に及ぼす影響」があります。
ピュー・リサーチセンターの2007年調査によると、電話に加入している人のうち、携帯電話しか保有していない人は約1割(9.1%)でした。同センターによると、この層は「若年層で、収入が低く、白人以外で、未婚の人たち」が多いとのこと。例えば、固定電話に加入している人のうち18〜29歳の割合は12%ですが、携帯電話のみに加入している人の場合はこれが46%に上がりました。同様に年収3万ドル未満の人は固定電話加入者の21%ですが、携帯電話のみの場合は41%になります。選挙などの世論調査は、固定電話の加入者を対象にしているため「携帯電話のみ層」の意見は反映されません。この層はその属性から判断して、リベラルないしは民主党支持者が多いと見られており、世論調査に偏りが発生しているのではないかとの批判が出されています。
しかしピュー・リサーチセンターは、「調査対象に携帯電話を含める場合と含めない場合とで、有意な違いは見られなかった」と述べています。確かに、表にあるように主要候補者の支持率や主な争点に対する意見も、両者の間に全くと言っていいほど差がありません。携帯電話のみの層とそれ以外の層の属性が違うことは確かなのに、調査結果にほとんど差が出ないのはなぜでしょうか。まず「携帯電話のみ層」の割合が依然1割に満たないことが大きい。仮に携帯電話のみ層が6対4で民主党寄りだとしても、この差が全体の調査結果に及ぼす影響は1%ポイント強にしかなりません。世論調査は通常数%を誤差の範囲としていますから、今のところ統計的にも意味のある結果はもたらさないと言えるでしょう。またそもそも彼らが固定電話層よりもどの程度民主党寄りかはっきりしません。2004年の大統領選挙時に、ルトガー大学のクリフ・ズーキン教授が行った調査では、携帯電話のみ層(30歳以下)によるブッシュ候補とケリー候補の支持率は、45%対54%となりましたが、これは固定電話を用いた30歳以下に対する調査結果(45%対54%)と全く同じでした。ジーキン教授は「2つのグループは極めて似通っている」と述べています。
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簡単ではない携帯電話での世論調査
とはいえ今後も携帯電話しか持たない人は増え続けると見られ、2009年の終わり頃までには30歳以下の成人の4割は携帯電話しか持たないと予測されています。こうなると、早晩誤差の範囲を超え、統計的に見ても調査の網羅性・代表性に悪影響を及ぼすことになります。世論調査会社フィールド・ポールは「携帯電話のみ層の登場は、70年代後半に、世論調査を戸別訪問方式から電話方式に変更して以来の大変化を生む」と述べます。しかし「携帯電話のみ層」を調査対象に含めることにしても、それは調査の網羅性を向上することであって、調査結果には影響を及ぼさないと見られます。携帯電話しか持たない人が当たり前になってくるならば、結局そのグループは様々な人々の所属する雑多なものへと一般化していくからです。
また携帯電話に対する調査には、以下のような難しい問題があります。(a)固定電話に比べ携帯電話への通話料は高く、世論調査のコストを押し上げる、(b)固定電話への調査ではコンピュータによる自動ダイヤル式が使われるが、携帯電話に対してこの手法をとることは連邦法で禁じられている、(c)携帯電話のみの層を全体の何割にすべきか、また固定電話加入者と携帯電話加入者の重複をどのように避けるべきか、(d)携帯電話による世論調査はプライバシーの侵害とみなされやすく、調査の回答率が低い。例えば2006年のカリフォルニア大学ロサンゼルス校の調査では、携帯電話のみの層に対する世論調査の回答率は、固定電話層に比べ12%ポイントも低かった?など。携帯電話を世論調査に組み込むのは容易でなく「日々の頭痛の種になっている」(デモイン・レジスター紙)ようです。サンフランシスコ・クロニクル紙によると、こういった問題を避けるため、郵送や面談方式にするといった「昔ながらの手法」に戻ることも検討されているということですが、世の中の新しい流れを受けて昔の手法が復活するというのも皮肉です。
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