前回の記事でここシリコンバレーで誕生した集積回路とその発展についてお話したところ、「つづきは?」という問い合わせを頂きましたので、今回はその続編です。
シリコンバレーで、子供たちをよく遊びに連れて行く場所といえばグレートアメリカです。私もよく家族を連れて行くのですが、行く途中たくさんのITや半導体の会社の看板が目に入るのではないかと思います。そう言えば、シリコンバレーの地図を眺めてみると、その中心地点にグレートアメリカがあるようにも見えますし、園内のスタータワーに乗って遠くの景色を一望してみると、ぐるりと連なる山並と海が見られ、確かにバレーの中心であることが実感できます。シリコンバレーの歴史を振り返ってみると、このグレートアメリカが歴史の重要な一場面に登場します。少しそのお話をしましょう。
前回の話に登場した、トランジスタを発明したショックレーの元を離れ、新たな会社を作った「8人の裏切り者」。今からちょうど40年前の1968年、この中の二人、集積回路を発明したロバート・ノイスと「ムーアの法則」で知られるゴードン・ムーアが、今度は「インテル」と言う会社を起こします。今でこそ、その名を知らない人はいないほどの有名な半導体企業ですが、発足当時はもちろん、技術だけで勝負する今で言うところのベンチャー企業でした。トランジスタというスイッチ、そしてダイオード、抵抗、コンデンサといった電子部品をシリコンという石の上に一度に作りこむ集積回路。
「回路?」と言えば、お父さん世代であれば、緑色の基板にいろいろな部品を半田ごてを使って配線してブザーやマイクを作ったり、今なら、パソコンやテレビそしてDVDなどといった家電を白、赤、黒色のケーブルで結びメディアを共有するなど、『いろいろと繋ぐ』ことで便利なものができると想像して頂けると思います。彼らは、それと同じようにシリコンの石に、部品と部品を作り、複雑につなぎ合わせ、しかも見えないほど小さく作ることで、より便利なものができるのではないかと考えました。この二人が考案した最初のヒット製品が、DRAMと呼ばれる半導体による記憶装置、メモリーです。この製品では、同じ部品をたくさん作り込めば込むほど、記憶する容量が多くなるだけでなく、性能がアップする上に、安く、大量に作れるため、とにかく小さく小さく作りこむ技術『微細化技術』を進めさえすれば自然に収益が上がることになります。この技術の進歩を「半導体チップに集積されるトランジスタの数は約2年ごとに倍増する」と経験的に予測したのが、ムーアです。このDRAMの登場と「ムーアの法則」という技術開発の方向性は、1970年代のインテルがベンチャー企業から大きく飛躍する契機となります。
ところが、一度方向性が決まると、何事も緻密に進めるのが得意なのが日本の大企業です。国内での過剰なほどの競争で鍛えあげられた技術力を武器に、1980年代に入ると日本の半導体企業たちがこのDRAM市場に一挙に攻勢をかけてきます。こうした状況の中、1985年、当時のインテル社長、アンディー・グローブは窓の外にあるグレートアメリカの観覧車を眺め、会長となっていたムーアに尋ねます。「もしわれわれが追い出され、取締役会が新しいCEOを任命したとしたら、その男はいったいどんな策を取ると思うかい?」。ムーアは、「メモリー事業から撤退だろうな」と応えます。われわれはテクノロジーを基盤としている企業なのだから、すべての問題は技術的に解決できると考えていたインテル。DRAMという自らの技術力が生み出した市場に対して、その信念を曲げることになるのです。そしてグローブは言います。「気持ちを切り替えて、われわれの手でやろうじゃないか」(インテル戦略転換、アンディー・グローブ著より)。ムーアとグローブは、このとき観覧車に、避けられない運命の歯車を見ていたのかもしれません。
この撤退という決断は、インテルにとって大きな痛みを伴ったものの、新たな、そしてより大きな市場を生み出す大きな転換点となります。それがより複雑な、より便利な半導体チップ、電子頭脳とも呼ばれるマイクロプロセッサです。マイクロプロセッサは90年代、急拡大するパーソナルコンピュータに組み込まれ、「インテル、ハイッテル」のキャッチフレーズでお馴染みのように、インテルの代名詞となる最大事業に成長します。ここでインテルは、DRAMと同じ轍を踏むを踏むことなく、この市場で他社の参入を阻むに十分な技術力と戦略で、世界一の半導体企業として今日まで君臨し続けることになります。
ところで、半導体の技術開発の方向性を示し続けたムーアの法則も、そろそろ本当に限界に来ていると言われています。最近、技術開発の現場では、これまでどおりに技術開発を進めていく「More Moore」に対抗して「More than Moore」という言葉が頻繁に使われるようになってきました。これまでの道筋にはない新たな発想の技術が求められているわけですが、ここではシリコンバレーの名前の由来、シリコンではなくシリコン以外の材料が積極的に研究開発されています。
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