BaySpo 1089号(2009/09/25)掲載
インテルの技術移転戦略「Minimum Information」
ェトロ・サンフランシスコ・センター 前田 辰郎
前田 辰郎(まえだ たつろう)
工学博士。専門は半導体工学。1996年通商産業省工業技術院電子技術総合研究所入所、2001年(独)産業技術総合研究所次世代半導体研究センター、主任研究員。半導体MIRAIプロジェクトにて新規半導体材料の技術開発を行う。2008年4月よりJETROサンフランシスコ。日本のハイテクベンチャーの米国進出支援業務に従事。愛媛県出身。

 最先端技術による夢のような世界が、ベンチャー企業によって瞬く間に実現してしまうシリコンバレー。このシリコンバレースタイルを作り出し、現在も脈々とその血を受け継ぎ最先端を走り続けている企業、それがインテルです。今回は、インテルの研究スタイルについてお話をしたいと思います。

 近年、半導体業界で最も話題になった革新技術は、High-K/MGと言われる新材料の導入です。シリコンをベースにしたトランジスタという小さなスイッチに、シリコン以外の未知の材料を導入することで、素晴らしく高性能でより経済的なチップが実現しました。この厄介な新材料を見事に操り、いち早く製品として売り出すことに成功した企業が、インテルです。これまでの半導体開発は、小さなスイッチをひたすら小さく作ることで高速化と低コスト化を図ってきました。こうした微細化に頼らず新材料によって性能を向上させる手法は、これまでの半導体開発の歴史を大きく変えるものと言えます。

 どうしてインテルが新材料の導入で先陣を切ることができたのでしょうか?潤沢な研究開発費、必ず売れる製品がある、などいろいろ理由が挙げられますが、研究者の視点から見ると、「Minimum Information」という考え方がその理由の一つにある様に思えます。これは、「問題解決のために、できるだけ少ない情報で何とかうまく解決する方法を見つけ出し、速やかに製品化する」という考え方です。この考え方は、インテル創設者ロバート・ノイスが設立当初から推し進めたもので、インテルがベンチャーから大企業へ飛躍する過程で非常に大切な企業戦略となりました。

 インテルを設立する前、フェアチャイルド社の研究者だったロバート・ノイスは、研究と製造現場との深いギャップに悩まされていた様です。当時の半導体産業は今のネット産業と同じように最先端の研究から、次々に新しいアイディアが生まれる状況でした。最先端の研究結果をすぐにでも製品に応用したいと考えていたノイスたちでしたが、優れた技術であればあるほど、その技術の製造現場への移転は困難になっていきました。製造現場では、様々な変更を強いる新しい技術を受け入れたがらなかったのです。例えば、ノイスたちが発明したプレーナー技術ですが、研究レベルではすでに安定した技術として確立していたにもかかわらず、製造部門では何年経っても安定して生産することができませんでした。このことに不満を持った優秀な研究者たちは次々と独立(スピンアウト)し、新しい会社でその技術を実現していきます。

 こうした経験からインテルでは、研究開発部門と製造部門とのギャップを解消するために、独立した研究部門を持たずに、製造部門内に研究者を配置することにしました。そして、研究者たちは製造部門の観点から課題解決のために必要最低限の研究を行うことにしたのです。それが「Minimum Information」という考え方です。こうして、研究者たちは自らの成果をすぐに製品に反映できるようになり、また製品にすぐ反映できる研究をするようにもなったのです。研究開発と製品の距離の短さという意味ではベンチャー的と言えるでしょう。半導体の製造プロセスが年を追うごとに複雑化し巨大化しても、常にその環境を維持することで、研究者たちは製品指向の研究開発をすることが可能になったのです。

 Minimum Informationによるもう一つの重要な効果は、インテルからのスピンアウトが少ないという事実となって現れます。スピンアウトしてベンチャーを起こすというのがシリコンバレーの活力の源で、インテルもフェアチャイルド社からのスピンアウトです。しかし、スピンアウトされる企業にとって、スピンアウトが大きな痛手であることに違いありません。そのことを理解していたノイスは、数々の画期的なアイディアがすぐに製造ラインに反映される仕組みを作った結果、研究者たちはスピンアウトする必要が無くなったのです。これによりインテルは優秀な人材を社内に留めておくことにも成功します。

 翻って日本の企業はどうでしょうか。80年代DR EMで世界を席巻した頃は、まだ研究開発部門と製造部門が一体化していたように思いますが、90年代には研究所の基礎シフトが叫ばれる中、製品指向型の研究ではなく、研究のための研究をする体制を移った様にもみえます。研究開発に専念できる環境を作ることは、研究者にとっては非常に有難いことです。けれども、企業にとっては、研究開発から製品への道のりが長くなったために、最新技術をいち早く製品に移転すべき研究者の育成には繋がらなかったのではないでしょうか。インテルはラボレス化することで、コストと人材の面で強力な競争力を得ました。一方、日本の企業は、自社をラボ化、大学化したことで、その競争力を失ったのかもしれません。技術開発力はあれど、それが利益につながらないという日本の半導体企業のジレンマの一因がここにあるのではないかと思います

 研究開発から製品への速やかな技術移転、これがベンチャーの持ち味ですが、巨大化した半導体企業においても競争力の原点なのです。

有澤保険事務所

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