スタンフォード大学工学部の「米アジア技術経営センター(US-ATMC)」は、1992年創設。最初は「米日技術経営センター」という名でしたが、その後アジアに対象地域を広げ今日に至っています。スタンフォード大学には他に、ショーレンスタイン・アジア太平洋研究センター(APARC)、東アジア研究センター(CEAS)などの著名アジア研究所がありますが、技術とビジネスに焦点を当てた研究所として、US-ATMCはシリコンバレーの日本企業にとって身近な存在です。所長はリチャード・ダッシャー博士。日本語も堪能なダッシャー先生は、人脈も広く、お馴染みの方も多いと思います。
春・秋に開催されている無料公開講座は、学生、一般企業、研究者らが一緒になって議論できる貴重な場で、日本企業や日本政府の方もしばしばスピーカーとして登壇しますし、中国、インド、台湾、韓国、シンガポールなどのリーダー達が毎回技術、ビジネス、産学連携を議論します。公開講座の背景等についてダッシャー先生にお話を伺いました。
問:公開講座を始めたきっかけは?学生だけの講義との一番の違いは何ですか?
答:この無料公開講義は16年前に始まりました。アカデミックな世界とビジネスの間にある壁を取り除くことが公開講義の大きな目的です。大学の講義を一般向けに無料公開しているのは珍しいはずです。学生はアカデミックな視点から新しいアイデアを出すことに長けていますが、そのアイデアを実際にどう活かすべきかわからないことも多いのです。一方、ビジネスの人たちは経験に基づいたアイデアを提案してくれますし、質問も実践的なものが多く、相互に補完関係にあります。
学生だけの授業と異なる点としては、質問と回答の質があります。学生のクラスはまだまだ基本的な事がらをやり取りすることが多いのですが、社会人の聴講者との間では、例えばある技術についての投資資金の集め方、技術の応用分野を考えるといった実践的なやり取りがなされます。
問:現在景気停滞が続いていますが、学生の起業精神にはどういう影響がありますか?
答:短期的には投資資金を集めるのが難しくなっていますから起業に対する姿勢はさらに真剣になっていると感じます。しかし経済状況に関係なく、学生の間に起業したいという欲求はいつもあります。素晴らしいビジネスのアイデアがあっても、大手企業では手を出しにくい分野というのがあります。新しい企業だからこそチャレンジできます。90年代の後半や2005〜2008年始めころは、資金を集めるのが簡単すぎたかも知れません。しっかりした事業計画もないまま起業する人も多くいました。しかし厳しい経済状況から生まれる企業は実によく計画を練っています。そうでないと厳しい状況の中で生き残れないからです。
問:起業活動を活発にするための大学の役割は何でしょうか?
答:主な役割は2つあると思います。1つは、ビジネス界の中での成功事例(ベストプラクティス)を学生に教えること。学生と教授の間で起業に関するフランクな話し合いをすることです。2つ目は、これにビジネス界との交流も加える。様々な人が集まって新しいアイデアを出し合う「場」を提供するのです。研究をスポンサーしている企業と定期的にミーティングを開いたりしますし、この無料公開講義はその考えをさらに発展させたものです。
問:半導体、IT、バイオなどに加え、クリーンテックがシリコンバレー・モデルの新たな柱になっています。US-ATMCの役割も変わるでしょうか?
答:半導体技術や素材など、スタンフォード大学で研究されてきた技術はクリーンテックにも応用できます。全く新しい技術は商業化までに時間がかかるかも知れませんが、学生の中にクリーンテック分野で起業したいと考える人は増えています。政府の補助金や支援を得られるのも魅力ですし、環境保護のためや社会への影響の大きさという点からも、多くの人がクリーンテックに関わりたいと考え始めています。
クリーンテックの研究開発は米国、欧州、日本だけでなくグローバルに展開されるでしょう。自国だけでなく、世界中から優れた技術を探さなければなりません。インドや中国などアジア諸国からも環境製品が多く流れ込んでくるでしょう。クリーンテック分野でのUS-ATMCの役割も益々重要になってきます。
執筆協力:大和田貴子
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