Googleがスマートフォン「Nexus One」を発表しました。これは、Googleがインターネット分野での検索ビジネスの枠組みを越え、携帯データ通信分野に展開する最も大きな動きです。無償で利用可能な携帯電話用のソフトウェアプラットフォームであるAndroidを、Googleが中心になって提供し始めた頃から、Googleが携帯電話を発表するのではないかという噂がありましたが、事実だったということです。
Googleの収益のほとんどは広告によるものですので、インターネットの利用者が増えるほど、Googleの広告を見る人が増え、Googleの売り上げが増える構造にあります。パソコンによるインターネット利用の伸びには鈍化傾向が出ていますので、スマートフォンを中心に通信量が急増している携帯データ通信分野に着目したわけです。
現在、単純化すると、インターネットの端末とアプリケーションを支配するルールには2つがあります。普通のインターネットの世界では、どんなタイプのコンピュータを接続してもよいし、どんなアプリケーションを搭載しても構いません。ところがキャリアが主たるプレーヤーである携帯データ通信の世界では、原則として、通信サービスを提供しているAT&Tなどのキャリアが指定する携帯電話しか利用できませんし、キャリアが承認したアプリケーションしか搭載できません。音声通信が主だった時代には誰も文句を言わなかったのですが、携帯電話でインターネットを利用することが多くなってきましたし、携帯電話自体も多機能なコンピュータに進化してきました。そこで、携帯データ通信の世界でも普通のインターネットと同様のオープンアクセスが確保されるべきだという声が次第に強まってきました。これがネットワーク中立性をめぐる議論です。
Googleは、ネットワーク中立性を強く支持していますし、実際そのために様々な布石を打ってきました。
例えば、デジタル放送への移行で空白となる周波数帯域を対象に米国FCC(連邦通信委員会)が2008年に行ったオークションに際して、Googleは、消費者があらゆるソフトウェアやコンテンツ、サービスをダウンロードして利用できること、消費者が好きな無線ネットワークで携帯端末を利用できること等、オープンアクセスが確保されることを条件に、最低でも46億ドルで入札すると発表しました。
これに対して、例えば、携帯電話にSkypeを搭載して、映像付きの通話ができるようになれば、通話料金の収入が激減する等のデメリットのあるキャリアは、当然オープンアクセスに反対しましたが、最も人気のあった全米をカバーする周波数帯域では、オープンアクセスが落札事業者に義務付けられました。
実際に行われたオークションではGoogleは1件も落札できませんでしたが、オープンアクセスの確保を条件に入札することを公表するだけで、Googleは結果的にオープンアクセスを確保したわけです。
NexusOneの発表で、iPhoneでスマートフォン市場のリーダーとなっているAppleとGoogleの間の競争は激化していく可能性がありますが、両社の目的には違いがあると思います。iPhoneはAT&Tでしか利用できませんし、iPhone用のアプリケーションもAppleによる事前審査が必要です。つまり、AppleはiPhoneを一定の管理の下で販売して、利益を最大化することを目指していると思われます。これに対して、Googleの目的はオープンアクセスの実現ですので、次元の異なる目的の下に両社がスマートフォン市場で競争する図式なのでしょう。
GoogleがNexusOneを投入した狙いは、Androidを提供することで、誰でもアプリケーションを作って携帯電話に搭載できるような環境を整備し、いまだAndroidを利用した携帯電話の販売数が伸び悩んでいる中、Nexus Oneを基軸にその伸びを後押しし、携帯データ通信分野でのオープンアクセスを市場レベルで実現していくことなのでしょう。
また、通常はキャリアがそれぞれのネットワークで利用できる携帯電話を販売することが多いのですが、Nexus Oneは、Google自身が消費者に直接販売する方式を採用しています。こうすることで、ネットワーク中立性に反対するキャリアの影響力を弱めようとも考えたのでしょう。
ただし、Google等が支持するネットワーク中立性を強力に推し進めていくことは、キャリアが単なる土管保有会社の位置付けになることを意味しており、この場合、例えば、一部のヘビーユーザーのデータ通信によって普通のユーザーの通信速度が遅くなる、通信量の増大に対応するための設備投資費用が普通のユーザーにも課されるといった副作用があり得ますので、どこでバランスを取るのか難しい問題だと思います。
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