以前、この欄をお借りして標準の話をさせていただきましたので(2008年7月18日付けの「熾烈な国際標準化競争」を参照)、今回は、標準と対をなす概念である「認証」に関連する話をしたいと思います。
例えば、日本においては、第二次世界大戦後まもない昭和24年に工業標準化法が制定され、JISマーク表示制度が出来ました。当時は製品の品質にばらつきがあり、一定の標準を満たしていることを消費者等に知らせる必要があったからです。
ある年齢層以上の方であれば、子供の頃、使っていた鉛筆にJISのロゴが刻印されていたのを覚えておられると思いますが、それがJISマークであり、一定の標準を満たしている鉛筆だという証明でした。
鉛筆の例で申し上げると、鉛筆を製造している事業者が標準を満たした鉛筆を作っていることを、第三者が審査した上で保証することを「認証」と呼び、英語では"Certification"と言います。通常、この認証を取得した上で、JISマークなどの標準適合証明を付けることになります。
さらに、この「認証」を与える第三者機関が公平性や正確性を欠くと問題を生じますので、第三者機関を審査し、認証を行うことができると公式に認めるプロセスが必要になる場合があります。このプロセスを「認定」と呼び、英語では"Accreditation"と言います。
ややこしいのですが、事業者が標準を満たした製品を作っていることを保証(認証)する「認証機関」と、その認証機関が正しく認証を行えることを承認(認定)する「認定機関」から成る多層構造になっているわけです。この多層構造には、事業者からの審査料を主たる収入源としている認証機関が事業者に迎合しないよう、認定機関に牽制させる意味合いもあります。
ちなみに、今や誰も鉛筆の品質を心配していませんので、鉛筆が認証されるようなことはありませんが、消費者保護や環境保全といった特定の分野での必要性は高まる傾向にあります。さまざまな事件の発生を背景として、2008年に米国で消費者製品安全性改善法("The Consumer Product Safety Improvement Act of 2008")が成立しましたが、この法律によって、子供向け玩具の鉛含有値などにつき、政府が認定した第三者機関から認証を取得することが事業者に義務付けられたのは、その一つの事例です。
この「認証」に対する考え方は国によって相違がありますが、少なくとも日米欧においては、基本的に以下のような構造になっています。
?大部分の製品やサービスについては、法律で認証等は義務付けられていません。
?一部の製品やサービスについては、法律で認証等が義務付けられていますが、第三者機関による「認証」だけではなく、事業者自らが標準を満たしていると宣言する「自己適合宣言」も認められています。
?ごく限られた製品やサービスについては、法律で第三者機関による「認証」が義務付けられており、「自己適合宣言」は認められていません。具体例としては、玩具や医療機器の安全性などが挙げられます。
自己適合宣言では外部の審査等を受ける必要はありませんので、事業者側にとっては各種手続きの簡素化やコスト削減を図ることができます。ただ、別の視点から見れば、違反事例や不適合事例を発見するために、公的機関による抽出試験や市場監視等が必要になるので、その面での手間やコストがかかります。
ところで、法律で第三者機関による「認証」が義務付けられている範囲が限定的だとすると、何故、ISO9001(品質マネジメントシステム)やISO14001(環境マネジメントシステム)といった「第三者機関が認証したマーク」を良く目にするのでしょうか。それは、これらが法律に基づかない、民間機関による任意の(義務ではない)認証制度だからです。
では、そういう任意の認証制度がどうして存在しているのかという疑問が湧きますが、おそらくは、標準を満たしていることを他の機関に証明して欲しい、そして他の機関が証明していることを取引先や消費者へのアピールに使いたいというニーズがあるからなのでしょう。
このような任意の認証制度が社会に広がること自体は、品質の改善や環境保全への取組、消費者への情報提供等の観点から良いことと思いますが、利潤を前提とした民間機関の制度には構造的問題が存在します。それは、認証機関同士の競争による価格引き下げを通じて、認証機関のサービスの質が低下し、事業者側は価格の安さや手間の少なさを重視して認証の質を求めない行動を取り、結果として、社会が認証マークそのものに不信感を持つという悪循環が生じることです。御存知の通り、認証を取得している事業者が、認証の信頼性を損なうような不祥事を起こす事例がいくつも発生しています。
世の中の規制を減らし、自由な事業活動ができるようにすることは重要ですが、消費者に正確な情報を伝えることも不可欠ですので、民間機関による任意の認証制度についても、質と信頼性の向上に向けた取り組みが強く求められています。
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