「スマートフォン(Smartphone)」を判りやすい言葉で定義するのはなかなか難しいのですが、いつもの通りご異論あること承知のうえで私の考えるところでは、(1)携帯電話に様々なアプリケーションが搭載されたもの、又は(2)ハンド・ヘルド・コンピュータに電話機能がついたもの、でしょうか。前者は日本市場における多機能化が進んだ携帯電話の姿、後者は今まさに米国市場を席巻しているiPhoneやGoogleが主導して開発したOSのAndroidを搭載する端末でしょう。米国でスマートフォンと言えば1997年に発売されたBlackBerryがその使い勝手の良さもあり、ビジネスパーソンを中心に広く普及していましたが、iPhoneやAndroid端末の登場により利用者層やマーケットシェアも変わってきています。アップル以外では、ベライゾン向けのAndroid端末が好評なモトローラがシェアを伸ばし、HTCやSamsungはやや苦戦しているようです。
さて、アップルは4月30日に(同社にとって)第2四半期の業績を発表しました。売上高は135億ドル、純利益は30億7000万ドルとなり、ホリデーシーズンを含まない四半期としては過去最高の業績を記録しました。この好業績にiPhoneが大きく貢献しているのは言うまでもありません。何と当該四半期の全世界における販売台数は、前年同期比で131%増の875万台とのこと。iPhoneの累計出荷台数が5000万台、iPhoneの兄弟みたいなiPod Touchが3500万台ですから、同一プラットフォーム(iPhone OSからiOS 4へ名称変更)で稼働するデバイスが、これだけ短期間のうちに世界中で8500万台も普及したというのは驚きです。
iPhoneとiPod Touchの爆発的な普及を支えているのがAppStoreに登録された17万(一説には19万5千とも)を超える有料・無料のアプリ群でしょう。iPhoneアプリの開発は誰にでもできる、とは言いませんがプログラム開発経験者にとってはそれ程敷居が高いものではありません。アップルが開発者向けに公開しているドキュメントを斜め読みしてみましたが、実に丁寧かつ判り易くiPhoneアプリの設計思想や開発手順が記述されています。アプリを「生産性型(メールや個人情報管理など)」「ユーティリティ型(天気予報など)」「没入型(ゲーム、ただしゲームに限定しない)」と三つの類型に整理した解説は読み物としても結構面白いものです。現在、世界各地でiPhoneアプリ開発セミナーが開催され、新しいアイディア(いわゆる「小ネタ」を含む)を持つプログラマーやクリエイターがiPhoneというデバイス上に展開するアプリを開発しています。米国のAppStoreで販売されているアプリは.99ドルから、高くても5.99ドルくらいですが、全世界で8500万というiPhoneとiPod Touchユーザがターゲット顧客になるのですからその潜在的購買力たるや相当なものです。iPhoneアプリはスマッシュ・ヒットにも、ロング・テールにもなり得る可能性を秘めていて、しかもその確率はひょっとしたら宝くじに当選するより余程高いかもしれない、と言えるでしょう。当地で5月20日に放映されたNHKの「クローズアップ現代」をご覧になった方も多いと思いますが、番組の中でカリスマ・クリエイターの深津貴之氏が開発した「ToyCamera」というアプリが紹介されていました。連写や撮影した写真をセピア色のレトロ調へ編集等ができるアプリでApp Storeに登録以来10万本超がダウンロードされたヒット作です。アップルとのレベニューシェアリングですので単価×ダウンロード数がそのまま開発者の収入になる訳ではありませんが、それでも自由な発想とアイディアが富を生むという仕組みができたことは画期的だと思います。
極めて使い勝手のよいユーザ・インターフェースを備え、強力なCPUと充分なストレージ容量を持つスマートフォンのビジネス利用が進んでいます。米国ではFortune 100企業の70%がビジネス用途にiPhoneアプリを導入或いはトライアルを開始しているそうです。幾つかの事例がInformation Week誌(2009年12月7日号)に掲載されていました。そのひとつが、GMグループが世界戦略車に位置付けているChevrolet Cruzeというコンパクトカーの営業支援にiPhoneアプリを活用する試みです。iPhoneで車の内・外装の「Cool」なビデオを見せ、ディーラーのシステムにアクセスし在庫や販売価格のチェックを行い、最終的には購入やリース契約まで行ってしまうというもの。営業マンは店舗を離れ、サッカー観戦をする顧客の隣で、或いはスターバックスで顧客と商談ができます。Cruzeは比較的若い世代に狙いを定めた車なので、こうした営業手法も不自然ではないのでしょう。日本では横浜商科大学や青山学院大学が学生にiPhoneを無償貸与しており教育現場における利用が進んでいますし、ジェイアール総研情報システムは優れたユーザ・インターフェースを活かして鉄道業務支援をiPhoneアプリで実現しています。個人のライフスタイルに多大な影響を与えたスマートフォンが、今後はビジネスの世界にどんどん浸透していくことでしょう。iPadについてはまたの機会に。
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