BaySpo 1131号(2010/07/23)掲載
油流出事故に対する補償制度
ェトロ・サンフランシスコ・センター 頓宮 裕貴
頓宮 裕貴 (はやみ ゆたか)
1988年、東京大学工学部計数工学科卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。情報セキュリティ政策をはじめ、さまざまな分野での業務を経て、2007年6月よりJETRO SFセンターに赴任。BICの責任者として、日本ベンチャー企業の米国市場参入のサポート。その他、シリコンバレー情勢調査分析等を担当。

 2010年4月20日にメキシコ湾の海底油田掘削基地で事故が発生して以降、米国では海底油田からの油流出に関する報道が続いています。

 1989年に起きたエクソン・バルディーズ号事故の際の流出量は24万バレルと言われていますが、2010年7月始めの報道では、メキシコ湾の海底油田からの累積流出量は約170万〜約330万バレルと推計されており、このまま流出が続けば、途方もない量になると懸念されます。

 掘削に関係していた石油会社は200億ドルの補償基金創設を表明していますが、米国議会では、損害賠償上限額の引き上げや安全対策の強化等を柱とした関係法令改正の議論が進められています。

 今回の事故は、米国内で発生したものですが、日々、タンカーによって膨大な量の原油が国境を越えて輸送されています。こういったタンカーが座礁して油が流出した場合の補償制度はどのようになっているのでしょうか。

 海上での油流出事故に関する補償制度は国際条約で定められており、日本などはこれに加盟していますが、米国は加盟しておらず、独自の法律を制定しています。

 まず、国際条約についてですが、1967年のトリーキャニオン号事故で大きな被害が発生したことを契機として、1969年に「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約」が採択されました。これは、船主に無過失責任に近い責任を求める一方で、損害賠償額の制限を認め、損害賠償力を担保するために強制保険の制度を導入するものでした。

 ただし、この制度だけでは被害補償が十分ではないとの懸念があり、1971年に「油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する国際条約」が採択され、原油等の受取人(荷主)が資金を供給する国際油濁補償基金が設立されました。

 これら2つの国際条約を基礎とする油濁補償制度は複雑なのですが、単純に申し上げると、例えば、船の座礁によって原油や重油が流出した場合、まず、その座礁した船の船主の強制保険で補償し、足りない部分は一定の上限の範囲で国際油濁補償基金が補填を行うという流れになっています。

 国際油濁補償基金への供給資金額は、各荷主の受け取り量に比例することになっていますので、国際油濁補償基金は、条約の加盟国に存在する荷主が共同して補償する相互扶助組織のようなものとも言えます。

 私は以前、荷主である石油業界の日本政府担当者として、これら国際条約の交渉に参加したことがあるのですが、そもそもわからなかったのは、事故を起こしたのは船主なのに、なぜ油の受取人が損害賠償の補填をしなければならないのかということでした。

 表現は悪いのですが、例えば、私が宅急便の小包の受取人であったとして、その宅急便の運転手が事故を起こしたら、損害賠償額の一部が、宅急便の会社でも、小包の送り主でもない、受取人の私のところに請求されるようなものではないかと感じたわけです。

 これには諸説があって、確定した見解がないのですが、長い歴史を持つ国際輸送手段である海運の世界では、損害額の大きさの一方で、代替手段がない非常に重要な業種であったことから、古くから船主の責任を制限するという慣行があったようです。例えば、いくら高価な品物を乗せた船が沈没してしまった場合でも、船主は船の所有権を放棄すれば、それ以上責任を問われないといった慣行がありました。

 私の聞いた話では、こういう慣行がベースにあり、本来、船主は船の所有権を放棄すれば良いが、損害補償のために、船主も一定の強制保険に加入するから、荷主の方も歩み寄って損害の補填に協力せよ、といった交渉が行われた結果ではないかとのことでした。これが真実かはわかりませんが、一応納得はした覚えがあります。

 先に申し上げたように、米国はこの国際条約に加盟していません。米国では、エクソン・バルディーズ号事故を契機として、1990年油濁法が制定されています。1990年油濁法の構造も国際条約の構造と似ているのですが、1990年油濁法では、船主の損害賠償責任に加えて、石油輸入業者への課徴金等から構成される油流出責任トラスト基金が設けられています。

 国際条約と1990年油濁法には相違があるのですが、わかりやすい相違は損害賠償上限額であり、1990年油濁法の上限額は国際条約の上限額よりも高く設定されています。

 つまり、米国は国際条約に加盟することで、損害賠償上限額が下がってしまう等の理由から、加盟しない方針を取っているのだと考えられます。

 例えば、今回問題となっている海底油田掘削基地のような施設について、1990年油濁法では、損害賠償上限額が7500万ドルに設定されていますが、この上限額引き上げ等の議論が米国議会で行われていることは既に申し上げました。

 ただし、どのような補償制度を作っても、石油のコストに反映されると考えられますので、結局は、最終消費者が一部を負担していくことになるのでしょう。

有澤保険事務所

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