本年7月からJETROサンフランシスコセンターに赴任しております中園雅巳と申します。前任の頓宮氏と同様、本コラムを担当させていただきます。よろしくお願いします。
初回の今回は、貿易に関連したお話をさせていただきたいと思います。最近、一つの興味深い法案が米国下院で可決されました。その内容は、安い水準で維持されている人民元を、中国政府の為替操作による同国輸出企業に対する実質的な補助金であると看做し、その効果に相当する額を中国からの輸入品に関税として賦課することを可能とするものです。法案の成立は未だ流動的ですが、実現すれば、米中間の貿易に大きな影響が生じることが予想されます。
これは、「補助金相殺関税」という貿易救済措置の一種です。貿易救済措置とは、貿易相手国の「不公正な貿易慣行」により自国の産業に損害が生じた場合に、その救済を行うための対抗措置で、WTO協定上認められている制度です。代表的なものとしては、アンチダンピング関税(不当な安売りに対してその差額分を関税として徴収)、補助金相殺関税(補助金により競争力を持った外国製品に対して、当該補助金相当額を関税として徴収)があります。
これら措置の発動は「不公正な貿易慣行」に対する措置なので当然ではないかと思われる方も多いと思います。しかし、実際にその「不公正」であるということの基準がどこにあるかが問題です。例えば、WTO協定における「ダンピング」の概念は、国内競争法上での不当廉売とは全く異なります。つまり、コスト割れ販売がなく、適正な利益をあげていても、「自国の販売価格よりも外国に販売している価格が安い」、この一点だけがあれば、WTO協定上ダンピングと看做され課税されてしまいます。地域地域のマーケットにより、価格を変えて販売をするということは国内では一般的に行われています。場所が違えば市場の状況も異なるわけですから、価格が異なるのは当然なわけです。しかし、これを国を超えて行うとダンピングと看做されます。相手国のマーケットの状況とは無関係に、「輸出をするならば国内と同一の価格(以上)で売らなければならい」とするのがWTO協定上のダンピングという制度です。この点、マーケットメカニズムを完全に否定しており、自由貿易を阻害すると批判をする経済学者も少なくありません。
また、WTO協定上、不公正とされるダンピング、補助金の定義も曖昧なものであり、実世界で起こっていることについて必ずしも明確な解を提供していません。(先に述べた中国の為替操作についても同様です。)このため、貿易救済措置の発動の条件であるダンピングや補助金の事実認定は、課税国の調査当局が独占的に判断することになり、過去の事例では、自国の産業に有利な判断が出ていることは否めません。
もちろん、課税措置が不適切だとしてWTOの紛争解決パネルで争うことはできます。しかし、当該措置が提訴され、WTO協定違反だと判断されても、課税国は、措置の撤廃・修正が求められるのみであり、過去、誤って徴収した関税の返還等のペナルティはありません。また、判決が出るまでには最長3年程度かかることもあり、その間、課税が継続するため、実質的に輸出ができない状態が長期に続くことになります。いわば、貿易救済措置は発動したもの勝ち的な側面があるわけです。
当然、米国、EU、中国などの世界の主要国は、「不公正な貿易を是正する」という名目で、これらの措置を日常的に発動しています。特に、米国にとっては貿易救済措置の発動は「お家芸」とでもいうべきものです。商務省、ITCに350名以上の専任の担当官を配置(ちなみに我が国は20名弱程度)、また、中国をはじめとする主要国の大使館に輸出品・補助金をモニターする専門の担当官を配置、さらに、ワシントンDCを中心に数百名規模の通商法弁護士が日々新たな案件を探しています。いわば、貿易救済措置についての一大産業群が米国に存在しているといっても過言ではありません。米国が発動している措置の中には、国内産業保護の色彩が強い措置も存在し、日本製のベアリングや鉄鋼製品のように、30年以上の長期にわたって関税を賦課されている製品も存在します。
これに対し、我が国は、世界の中でも貿易救済措置の活用が飛びぬけて少ないです。これは、我が国が自由貿易推進の立場から貿易救済措置の発動は慎重にすべきだと対外的に主張していることによります。確かに、言行一致ではあるのですが、国益の確保という観点からはあまりに正直すぎる気がします。諸外国も、一方で「保護貿易反対」を唱え、その一方で、貿易救済措置を積極的に発動し外国製品の輸入を合法的に制限しています。つまり、本音と建前をうまく使い分けているわけで、我が国にとってもこのような使い分けが国益を確保して行く上で必要なのかもしれません。
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