今後数十年間、多くの企業にとって新興国市場、特にその中間層市場をいかに攻めるかは重要な課題になってきます。アメリカの一流企業といえどもその戦いは始まったばかり。日本企業の新興国市場攻略にも参考になると思われる事例を取り上げます。
まず価格設定。新興国市場に投入する製品は、機能を落とし安くすれば良いというものではないようです。マイクロソフトは「生徒一人ひとりに安価で機能の限られたパソコンを配るよりは、(同じコストで)一度に5台の『フル機能パソコン』を使えるインターフェイスを提供すべきである」と述べています。
食品製造のキャドベリー(2010年2月にKraft Foodsが買収)も、新興国向けに品質を下げることはしません。同社は、主力製品「Daily Milk」の製品開発に3年間を費やし、同製品を新興国・途上国を問わず世界標準製品とすることにしました。同社は「新興国市場でも消費者は世界共通の製品を望む」と見ています。
ただし過剰品質、過剰機能は受け入れられません。GEは、新興国向けの低価格医療機器に力を入れています。新興国向けに製品を開発する場合、一般的には、米国で開発した高性能の製品を現地の事情に合わせて変更を加えますが、新興国では、電気が通っていない場所でも使用できること、安価であること、医療機器は医師が持ち運びできる、といった厳しい条件が課せられます。高性能機器を部分的に変更した程度では、その要求を満たせない。同社は一から製品開発に踏み切りました。
興味深いのは、こうした簡易モデルが、米国でも販売されている点です。多少機能は欠けても、持ち運びができる簡易な機器は、事故現場やスペースの限られた手術室などで重宝され、小さなクリニック等でも活用できます。このような例は世界的に見てもまだ少ないですが、旧来の発想からは生まれにくい製品・サービスが新興国から生まれる可能性を示唆しています。「リバースイノベーション」と呼ばれ注目されています。
世界標準製品戦略をとる企業の例をご紹介しましたが、地域に応じた細かな戦略をとる企業もあります。ナイキは2009年3月、これまでの4地域体制から北米、西欧、中東欧、中国圏、日本、新興国の6地域体制に細分化し、地域ごとの細かな戦略を展開しています。地域ごとにかなり嗜好が異なるという認識です。中国では北京オリンピック後の売上が前年比3割以上の伸びを続けており、中国はナイキにとって米国に次ぐ2位の市場に成長しています。
生活様式の高度化する新興国中間層のニーズをとらえた製品展開で成功しているのがユニリーバです。ユニリーバは、フケの発生を抑えるClearブランドシャンプーを中国で先駆けて発売。これが好評で現在インド、サウジアラビア、ブラジル、ロシア、フィリピンなど30カ国で売っています。男性用、女性用ともに新興国向け美容品の種類を大幅に増やしています。
世界最大の医薬品メーカー、ファイザーは人材に力を入れています。2010年の同社の中国での売上は前年比25%〜28%増になる見込み。新興国平均は12%〜14%ですので、その倍の成長です。ファイザーは、中国で企業や大学との協業関係を強化しています。
中国は2011年までに世界3位の医薬品(処方箋)市場になる見込みですが、同社の市場シェアは2.2%に過ぎず、6000社とも言われる中国内の医薬品メーカーとの競争に勝たなければなりません。そのためのカギが人材確保。中国で高級人材(医薬品取り扱い員=多くは医者の資格を持つ)の採用を増やす予定で、2009年は177の市で2300人を雇用していましたが、2011年までにこれを252市、3200人に拡大させる計画です。
以上、ざっと新興国市場を攻める米国企業の戦略を見てきましたが、特徴をまとめると
@品質は落とさず高品質または世界共通品を投入、
A商品、店舗展開は地域性や消費者の嗜好に応じきめ細かく対応、
B積極投資、人の大量採用、幹部への現地人材登用などの大規模な現地コミットメント、
そして
C新興国で得た経験を先進国へ還流する、
といった点が挙げられるでしょう。
執筆協力:横山沙織 |