リサーチ会社のGartnerが毎年発行しているHype Cycleレポートというものがあります。技術者やビジネス・デベロップメントの担当者が技術の動向を把握する目的でよく読まれているレポートです。専門家ではない私のような者にとっても、その年に台頭した(しつつある)技術を採り上げて判りやすく分析しているので、技術のトレンドを俯瞰(ふかん)するのに重宝するレポートです。Hype Cycleを簡単に説明すると、「新しい技術に対する注目度や期待度が時間の経過とともに変化する様子を普及に至るまでの5段階に分けて曲線上に表示する分析手法」となりましょうか。2010年8月に発行された「エマージング・テクノロジー編」によれば「クラウド・コンピューティング」は過度な期待のピーク(話題が先行、実際の導入には慎重な態度)を過ぎつつあり、一方で「プライベート・クラウド・コンピューティング」がピークを目指して上昇中と位置付けられています。ここしばらくは「プライベート・クラウド」関連製品(ハードウェア、ソフトウェア)が市場を賑わす存在になるのではないでしょうか。なお、余談ですが、2010年のHype Cycleレポートから「グリーンIT」「Web 2.0」「SOA=Service Oriented Architecture」「RFID」といった技術が消えています。これらに関しては、流行りが過ぎ去った、というよりも技術が進化して別の呼び名になったか、他の技術に取り込まれたと理解するのが適当だと考えています。
さて、CES(Consumer Electronics Show)には毎年のように参加しているのですが、米国で最大規模を誇るIT関連のカンファレンス・展示会であるINTEROPへ参加するのは初めてでした。カンファレンスへは初日(5月10日)だけの参加でしたが、一言で言えば「INTEROPはクラウド一色」でした。朝のキーノートに始まり、概念と定義の整理(BYOD=Bring Your Own Deviceの略、つまりあなたの端末を持ってきてネットに繋げばサービスが利用できるという意味。恥ずかしながら初めて知りました)、パフォーマンスの向上と最適化、クラウド対応データセンターの設計、ハード・ソフトウェア製品の紹介、等々「クラウド・コンピューティング」に関するセッションが盛りだくさんでした。個々のセッションの内容を説明することは(紙面も能力もないので)できませんが、大きな流れとして「クラウド・コンピューティング」から「プライベート・クラウド・コンピューティング」へ向かってビジネスが動いていることが確認できました。「だから、ただのクラウドとプライベート・クラウドはどこがどう違うのだ」というベイスポ読者の声が聞こえてきそうです。本当にカタカナの技術用語は複雑で判り難いですね。
「クラウド・コンピューティング」は、インターネット上のさまざまな場所に存在する膨大なコンピュータ・リソースを使ってソフトウェアやストレージをサービスとして提供する仕組みのこと。Amazon.com、Google、MicrosoftやSalesforce.comのサービスが有名です。誰でも利用できる開かれたサービスが「(ただの)クラウド」で、企業が社員専用の閉じたサービスとして開発、提供するのが「プライベート・クラウド」という風に整理するのが一般的です。
さらに話をややこしくするつもりはないのですが、6月6日にモスコーニ・センターを会場に開幕したAppleの「World Wide Developers Conference(世界開発者会議)」でCEOのスティーブ・ジョブズ氏が新しいサービスの「iCloud」を発表しました。iCloudはAppleが用意したクラウドの中に音楽、動画・静止画、ドキュメントなどのファイルを無料で保存できるというサービスで、「パーソナル・クラウド」に分類されます。iCloudにはiTunesと連動する有料のサービスもあり、こちらの方が当面は消費者にとっては関心が高いのかもしれません。音楽のインターネット配信では著作権の扱いが常に問題になってきました。AppleがiTunesとの連動を実現するために相当タフな交渉をレコード・レーベル各社と行ったことは想像に難くありません。
話は変わって、5月19日にビジネス向けソーシャル・ネットワーク・ビジネスをリードするLinkedinがIPOを果たしました。IPO価格45ドルに対し初日の終値が94.25ドル、この原稿を書いている時点で75ドル前後とまずは好調な滑り出しと言えるでしょう。また、Linkedinほど注目されませんでしたが、5月11日には雑誌「Penthouse」を発行している『大人向け』ソーシャル・ネットワーク企業のFriend FinderNetworksがIPOしました。同社はいわゆる出会い系サイトを数多く運営していて、サイト全体の登録者が4.5億人というFacebookに匹敵するSNS界の巨人といっていい存在です。私は、SNSはその仕組みを意識することなく利用できるという点で、パーソナル・クラウドの一形態と言っていいのではないかと考えています。我々の身近なところで既にクラウドは存在しており、今後ますます普及していくことは間違いないでしょう。 |