スマートフォンのマーケットは巨大です。2012年には、全世界で2190億ドルものマーケットになる見込みです。このような中、スマートフォンの特許を巡る紛争が激しさを増しています。主役は、アップルとサムスンです。
8月24日、サンノゼ連邦高等裁判所の陪審はアップルの勝訴の評決を言い渡し、サムスンに10億5000万ドルの賠償金の支払いを命じています。今回の裁判は巨大な米国市場において、アップル、サムスンというiOS、アンドロイドというそれぞれの陣営を代表する企業が争う初めての場であり、過去の他国における裁判以上に大きな関心を集めていました。ウォールストリートジャーナルも「Patent trial of the century」と称したほどです。両社による訴訟は米国のみならず、日本、オーストラリア、英国、韓国、フランス、オランダなどその他の国でも行われています。正確な数はわかりませんが、おおよそ10カ国以上、50のケースで争われているようです。
なぜ、両社はこのような泥沼の訴訟合戦に陥ってしまったのでしょうか。それは、スマートフォンが最先端技術の固まりであることに起因します。スマートフォン1機種を製造するには、通常1000以上の特許が必要だといわれています。特定の1社が自ら保有する特許だけでこれを製造することは不可能です。このため自社の特許の使用を他社に認めながら、他社にも自社の特許の使用を許諾するクロスライセンス契約を行っているケースも多く見られます。しかし、このように許諾を取っているのは、スマートフォン製造に必要な技術のうちの一部に過ぎません。多くの場合は、他社の特許に抵触するか否かは明確でないままにその技術を使用しています。また、逆に自社の特許も他社に無断で使用されている可能性がありながら黙認しています。このように、スマートフォンの製造は、それぞれの会社が持ちつ持たれつの関係の中、それを暗黙に認め合う微妙なバランスの上で成り立っているのです。このため、誰かが訴訟を始めるとこのバランスが一気に崩れてしまいます。その代表例が今回のアップルとサムスンの訴訟です。
アップルは、デザイン特許(意匠権)に大きな強みを持ちます。一般的なハイテク企業では、デザイン特許は保有特許の3%ほどですが、アップルは保有する特許約5500件のうちの13%程度がデザイン特許です。また、同社は、タッチパネルや操作系に関連する特許にも強みを持ちます。これに対し、サムスンは無線通信などの技術分野に強みを持ちます。同社はアップルの約10倍を超える数の特許を保有し、特にスマートフォンの基幹である無線通信技術については、世界最多の特許を保有して、他社を圧倒しています。このように両社が得意としている技術分野は全く異なりますが、いずれもスマートフォンの製造に根幹をなす分野です。このような事情を背景に、今回の裁判は、通常の特許侵害訴訟で論点になる「そもそもの特許自体が有効であるか否か」ということよりも、むしろ自社の強みである特許が侵害されたことをお互いが徹底的に主張する異質なものになっています。
今回の評決では、結局はアップルの主張が認められたことになりました。では、アップルはサムスンの特許を使わずにスマートフォンを製造できるのでしょうか。答えは否です。現在、販売されているiPhoneにもサムスンの特許は使用されています。また、世界各国の通信会社がサービスを開始した第4世代の移動通信規格(LTE)においても、その特許の多くをサムスンやLGなどの韓国企業が保有しています。アップルが保有するLTE関連特許は少数です。このような状況ですので、今後も何かきっかけがあれば、両社の間で特許紛争がさらに拡大する可能性も十分あり得ます。
ただ、最近はこのような特許紛争に一石を投じる新しい動きも出てきています。ツイッター社は、今年4月17日に同社が保有する特許(今後取得するものも含む)の取り扱いについて、「イノベーターズ・パンテント・アグリーメント(IPA)」という社内のルールを取り決めました。この中で、同社は「特許は防衛目的にしか使用できない」との方針を打ち出しています。
知的財産権の保護は技術開発のインセンティブを高めていくうえで重要です。しかし、その保護が強すぎれば、他社のみならず市場全体の技術革新を妨げることにもなりかねません。特にスマートフォンのように、それぞれが保有する技術に各社がお互いに依存しあっているケースではなおさらです。その意味で、ツイッターの新しい方針は、今後のハイテク企業の特許戦略に新しい動きをもたらすものになるかもしれません。 |