本稿では、昨年二回にわたって大統領選挙戦の動向に触れつつ、米国の政治とビジネスについて考察してきましたが、昨年11月6日に行われた第57回大統領選挙で現職オバマ候補が結果的に直前の予想を超える大差で勝利し、本年1月に第二期オバマ政権がスタートしたことを受けて、その選挙の結果を振り返りつつ米国国内における産業活動に影響しそうな政策の動向を展望します。
1、昨年の大統領選挙の結果の背景にある要因
一番強く言われていることは、人口構成の変化です。具体的には、白人系の構成比が低下した一方でヒスパニック系の構成比が上昇し、この層における得票率の大きな差が大統領選挙の帰趨を決めた最大の要因と言われています。
次に言われていることがスイングステイトと言われる「青・赤」が最後までハッキリとしないオハイオ、コロラド、フロリダなどの州における選挙運動への関与度の違いです。ロムニー陣営が選挙資金集めのために資金ソースとしては大きいものの「青・赤」は既に明らかで政治戦略的には意味の乏しいテキサス、カリフォルニア、ニューヨークなどの州を頻繁に訪れたのに対し、オバマ陣営はスイングステイトにウエイトを置いた選挙運動を行いながら有権者との直接対話にも力を注ぎました。
最後に挙げられるのは、選挙民から見たときの候補者個人の人物像に関する印象です。ロムニー候補は、最後の最後まで金持のための金持ち支持による金持ちの候補という、実際に本当にそうなのかも検証されてはいない漠然とした印象を拭い去れませんでした。
これらの要因の中でも特に人口構成の変化はビジネスにとっても大きな影響を持ち、また、ハード・ワーカーであるヒスパニック系の人々は経済活動や所得面でも着実に成長を遂げつつありますので、私たちにとっても絶好の「気付き」の機会だったと言えるでしょう。
2、財政収支均衡とマクロ経済の動向
このように選挙としてはオバマ候補が政治的な波に乗って勝利しましたが、政策面では厳しい現実が待ち受けており、その象徴が選挙翌日の株価暴落です。もちろん、このことに一喜一憂する必要はないわけですがフィスカルクリフ(財政の崖)の状況を打開するための課題の解決に向けたプロセスの進め方を世間一般は非常に注意深く見つめていることが明らかになったわけで、一昨年末の大統領・議会の間の綱引きの迷走を教訓にしながら、フィスカルクリフ回避について民主党・共和党は何とか歩み寄れて、期限ギリギリの昨年末に増税についての合意、年明け早々に開催した上下院両院本会議で関係法案を可決し、連邦政府歳出自動削減の発動及び国債発行上限設定の発動についても約2カ月間の猶予を得ることを可決、当座の危機を脱しました。
このことで本年の年明けから株式市況は活況を取り戻して、2月末に期限を伸ばした連邦政府の歳出削減自動発動が歳出削減に関する民主党と共和党の合意が成立しなかったことから3月1日に大統領署名をもって発効したものの、その後、予想を上回る非製造業の業況指数、金融緩和継続への期待感などを好材料にして、ニューヨーク株式市場ダウ平均株価指数が市場最高値を更新するなど、昨年懸念されていた悪影響は当面回避されています。
3、2月12日の大統領一般教書演説から読み取れる今後の方向性について
最後に、オバマ大統領は2月12日に再選後の初めての施政方針に関する本格的な演説として大統領一般教書演説を行いましたが、ここから今後の方向性として読み取れる事柄に触れたいと思います。
今回の演説は、全体のトーンとして、中産階級を支えるとの旗印の下での拡大志向アジェンダを提示したというのが世評一般ですが、産業界との関係では、@最低賃金引上げ(現行の一時間当たり7.25ドルから9ドルへ)、Aインフラ整備関係支出の増大(500億ドルの道路・橋梁に係る再整備の予算)、B地球温暖化・気候変動への対策の強化の3点が注目を惹きます。
他方、雇用創出についての掛け声は高く、アップル社の製造ライン米国回帰の動きを称賛したりはしたものの、政府としての具体策には乏しく、特に、教育・人材育成・職業訓練の一気通貫でのリンケージなどドイツが取り組んできたような事柄への言及はなく、教育について、中所得以下の階層の子弟に対する小学校入学以前の教育に係る支援、大学に対する連邦政府の支援と大学側の学費抑制姿勢とのリンケージ、学生や社会などに提供する価値に基づいた大学の評価といったアイディアを提示したのにとどまりました。
貿易政策に関して注目されるのは、欧州側が長年にわたって提起し続けてきたことへの対応の側面もある欧州連合との包括的貿易協定締結に向けた意思表明です。折しもTPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)に関する交渉の本格化段階を迎えつつある中で、環大西洋の貿易投資に関する連携拡大が環太平洋の貿易投資にも好影響を及ぼすことを期待したいと思います。 |