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BaySpo 1543号(2018/06/22)掲載 |
電動スクーターのシェアリングから学ぶこと
ジェトロ・サンフランシスコ 次長 下田 裕和 |
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下田 裕和(しもだ ひろかず)
JETROサンフランシスコ次長。平成11年、通商産業省(現経済産業省)入省。IT、サイバーセキュリティ、バイオ・再生医療、ヘルスケア、サービス業等の産業推進担当を経て、2016年6月より現職。WEF第4次産業革命センターフェローを兼任。東京工業大学卒。 |
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サンフランシスコのダウンタウンを車で運転していると、自転車やバイクはもちろん、スケートボード、電動一輪車など、さまざまな乗り物に乗った人たちが目の前を通り過ぎていきます。そんな中、今年の3月頃にサンフランシスコ市内で電動スクーターに乗って移動する人たちを見かけることが急に増えました。渋滞と坂道に悩まされているSFっ子にとって、時速20キロ以上で走る電動スクーターはこの上ない助けです。加えて、乗り捨て自由のシェアリングサービスとして1回2ドル程度で利用できるとなれば普及しないわけがありません。イノベーションの街である当地で、「LimeBike」「Spin」「Bird」のスタートアップ3社が一気に競争を始めました。
課題とする充電については、回収・充電・定位置配備をしてくれた人に5ドルを支払うなどのモデルが機能しました。乗り捨て自由の電動スクーターのシェアリングサービスは、その手軽さゆえに身近な場所でピックアップができるかどうかが鍵となります。3社で2・5億ドルもの資金調達を実施し、数十台、数百台と導入数を増やし利用者の利便性向上を図りました。まさに、ユーザーの課題にアプローチしながらビジネスを拡大する、更には渋滞や排気ガス削減などの都市の課題解決にも繋がる素晴らしいスタートダッシュでした。
案の定、問題が顕在化しました。乗り捨て自由なので、至る所に電動スクーターが放置されました。歩道の真ん中、店の前、家の庭、ごみ箱の上など…。車椅子やベビーカーの安全な通行も妨げました。ここ数年、清潔感が失われつつある市内のダウンタウンがますます無秩序になっていく気がしました。また、歩道と車道を行ったり来たりしながらクネクネとすり抜けていくので、歩行者も車の運転者も気が気でありません。操作が上手なユーザーと下手なユーザーは、それぞれ違った意味で危険な存在です。テネシー州では、重傷を負う事故も起きているそうです。多くの苦情が企業だけでなく、サンフランシスコ市に寄せられました。
実はカリフォルニア州でこちら電動スクーターを運転するには、通常の運転免許証が必要で、ヘルメットの着用かつ車道を走行するという規制になっています。企業側はアプリを通じて新規ユーザーに説明をしており、電動スクーター本体にも注意書きがあります。この守られていない規制をどのように対応していくのかも役所の悩みとなりました。
この課題に迅速に対応しようとサンフランシスコ市はすぐに条例案を作成し、4月17日に条例成立、5月1日に許可制度の作成を行いました。各社は6月4日までに全電動スクーターを回収し、6月7日までに許可申請書を提出しなければならなくなりました。市内に数千台あると言われた電動スクーターは一旦消え、今後は最大5社、2500台となります。各種手続費用や罰則、各社の責任を明確にしたことで企業に新たな対応を迫るものとなりました。
ここで大事なのは、企業のチャレンジと同様にサンフランシスコ市もチャレンジしていることです。許可制度を作れば、何かあった場合には企業だけでなく許可した自治体にも責任が及びます。非難を恐れる自治体はあらゆるリスクを回避しようと、安全の追求プロセスに時間をかける場合が多いですが、サンフランシスコ市はそれらを前提に電動スクーターによって解決される渋滞や環境など、市が抱える課題にも目を向けました。イノベーションの恩恵を最大限受けるために最短での実用化を目指す、そのために未知のリスクを事前に消すことの限界を理解していたのです。将来発生する問題を事後的に、そして迅速に対応することで住民の理解を得ながら進むアプローチをとりました。このアジャイル的アプローチによって、住民も電動スクーターの負の側面を学ぶことになり、リスク許容レベルも上がります。これまでにライドシェアリングや配達ロボットの許可を出してきた経験が活かされます。電動スクーターの利便性と公共社会のリスクのバランスを図るための官民のトライアルの始まりです。
日本では電動スクーターが原動機付自転車の扱いとなるため、ウィンカーやナンバープレートなどを付ける必要があり、事実上公道では使用できません。日本は日本に適したモビリティシステムを作っていくので、必ずしも電動スクーターの導入が必要なわけではないですが、この3カ月を振り返ってみると日本がベイエリアから学ぶべきことは大きいと感じました。
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