BaySpo 1591号(2019/05/24)掲載

シリコンバレーの光と影

ジェトロ・サンフランシスコ 所長 中沢 則夫

中沢 則夫 (なかざわ のりお)
1986年通商産業省入省。機械情報産業局、通商政策局、資源エネルギー庁、特許庁等の他、金融庁、千葉県庁に出向。官民交流制度により民間企業勤務経験もある。在外勤務は、フィリピン、韓国、英国。当地赴任直前は、産業技術総合研究所の理事を務めた。2017年7月よりJETROサンフランシスコ所長。

 ベイエリアの素晴らしいビジネス環境は今更解説の必要もなく、日本人や日本企業・日本社会が学ぶことが多いのは無論である。その一方、この街の実像にときどき首を傾げる場面にも遭遇する。「光」の部分はとりあえず腹いっぱいなので、あえて「影」の部分をいくつかまとめてみたい。

 横綱級は「家賃」問題。2019年4月のサンフランシスコの家賃(1ベッドルーム中央値)が月3673ドル。パロアルトで3150ドルとなっているが、時期によってはサンフランシスコを上回る。いずれにしても、ニューヨークの2795ドルを大幅に超過(Zumper社/2019年4月)。この地域の住宅問題は最大の政治課題であり、間違いなく産業集積にとっては制約要因になる。技術者も逃げ出しているのは周知のとおり。HomelessならぬHouselessという言葉もあり(固定した部屋ではなく、RVなどに起居する人)、テック企業の従業員の中にもそういう人がいるとのこと。

 同じく「人件費」問題も深刻。最低賃金は時給15ドル(1650円)で日本のざっと倍。ベイエリアの平均年収が11・92万ドル(※)。ついに、Facebookがインターンに月給8000ドルを支給するという報道があった。インターンで日本企業の部長級を手にする土地柄。ただ物価も家賃も上がっているのでやむを得ないが、デフレが続く日本との差は拡大の一途。

 「ホームレス」も目立つ。サンフランシスコ市の調査(2017年1月)では市内で7500人が確認されている。都市の宿命とはいえ、魅力を減じているのは間違いなく、観光やコンベンションに支障が生じている。こうした中で、ロンドン・ブリード市長は安全な施設を公共で整備する構想を示しているが、セールスフォースなどテック企業も住宅問題改善への支援を表明している。

 「治安」も悪化の方向。イーストベイ方面では、銃器犯罪が毎日のように報道されており、他の地域でもしばしば起きている。車上荒らしは日常的。ひったくりや強盗はサンフランシスコでも増えてきている。

 「インフラ・公共サービス」は悲惨。世界のテック最先進地域であることとの両立が不思議なほどである。まず「道路」であるが1インチの雨が降っただけで、なぜ高速道路に水たまりができるのか? なぜ事故処理したあとにボンネットやタイヤの破片を放置しておくのか? 世界のテックの首都ともいえるシリコンバレーに「停電」が多発するのはブラックジョークである。心もとなく立っている細く朽ちた電柱をみれば分からなくもないが。
 そして最も苛立ちを覚えるのが「航空」関係。保安検査は改善策がないものか?責任主体(TSA)をどう位置付けるか、テロ対策のイタチごっこをどう克服して完全なリスクフリーを実現するか、プライバシーとどう折り合いを付けるか、難しい問題が背景にあるのは百も承知だが、これだけ先進サービスを生み出している地域なのに、何か克服の知恵は出せないものか? 
 「サービス分野」もひどい。「医療」はこの国では聖職ではなく利益追求ビジネスとして位置づけられているのだろうか。金にならない患者は放置される。骨折して治療したら6000ドルかかったとの証言がある。もっと身近なところでは、いわゆる「窓口的業務」すなわち人間が介在するサービス。配送を依頼すると不在なら、玄関近くに転がしておくという神経が理解できない。キャッシャーとか苦情処理窓口などもひどい。マニュアルに載らない(システムで処理できない)業務処理のループに入ったら出口に到達するのが大変な道のりになる。だったら少々損してでも時間を節約しようという気にさせられてしまう。あるいはそれが狙いかもしれない。

 人為的な諸問題よりも、本当に注意喚起をしておきたいのが「災害」である。自然災害も人災もある。昨年のパラダイス、一昨年のソノマ・ナパで発生した大火事は読者の方々にも影響があったと思う。ちょっとした雨で洪水になることも日常的に経験している。より深刻なのは地震である。1906年の地震ではサンフランシスコが全滅し、1989年の地震ではベイブリッジが崩落した。地震は明日起こるかもしれない。何本も活断層が通るこの地域は直下型も怖いが、太平洋のすぐ沖にはプレートが沈み込んでいる。日本の三陸や東南海と同じ環境にある。

 こうした「シリコンバレーあるある」ネタは、読者の皆さんも気づかれたら是非教えていただき、共有させてください。私たちのシリコンバレーをよりよい地域にするために。

 「影」の最後に、このシリコンバレーの好況はいつまでも続かないだろうと、と斜に構えて調べてみた。ところがあに図らんかな、全くその衰えをみせず、分野をシフトさせつつ、勢いはとどまるところを知らない。2018年のベイエリア・サンフランシスコのVC投資多額は500億ドル、前年比倍増、全米のVC投資の実に79%(※)
 「影」との思い込みはやぶへびであった。

 やはり、シリコンバレーのイノベーションは最強であるという結論は変わらない。

【脚注】(※)Directory2019

 

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