今年1月29日から、サンフランシスコの大動脈であるマーケット・ストリートでの一般車の通行ができなくなった。バス、タクシー、路面電車、商用車、自転車などは従来どおりだが、UberやLyftは通行禁止である。バスが詰まることなく流れ、自転車もスイスイ走る。朝夕の景色が一変した。 さすがアメリカ、大胆なことをスピーディにやったなと思ったら、実はこのプロジェクト、実行までに10年を要している。Better Market Streetと名付けられた計画は、マーケット・ストリートの安全性を高め、交通を改善するためにユーザー視点で作られたサンフランシスコ交通当局のインフラ整備プランである。 マーケット・ストリートは、毎日約50万人の人が歩き、朝夕には1時間にバス200台と自転車650台が通行する。歩行者やサイクリストを巻き込んだ交通事故が多く発生しており、市内の危険交差点トップ10のうち約半分がマーケット・ストリートにあると言う。通行規制に加えて、歩道や専用道路、乗降施設を整備することで歩行者の安全を確保する計画だ。 マーケット・ストリートの通行規制をしても他の道で交通量が増えるだけだと思ったが、実際は隣のミッション・ストリートに一部の車が流れて、通行への影響は4%遅くなっただけだと言う。むしろ、マーケット・ストリートのバスでの移動時間が10%短縮され、自転車利用者が25%増加するなど、利便性の向上を喜ぶ声の方が大きい。 イノベーションとインフラは密接な関係がある。自動運転車も電動キックスクーターもそれを活用する地域のインフラによって必要な技術や運用が変わってくる。自動運転の実用化を考えるときに、スマートシティの取り組みを考えることが不可欠になっている。しかし、インフラの整備には大きな投資が必要となる。様々なステークホルダーとの調整も容易でない。このため、多くのスタートアップは既存のインフラをベースにビジネスモデルを検討することになる。各種ワークショップでのパネルディスカッションで、自動運転車などのスタートアップがインフラ整備やスマートシティへの課題に言及することが少なくない。しかし、ビジネスのスピードを緩めることができないスタートアップは、ほとんどの場合、インフラが改善されることを前提にビジネスを展開することはない。 逆に言えば、自治体がインフラ整備に踏み切るとイノベーションの社会実装には大きなチャンスとなる。マーケット・ストリートの整備によって、自動運転車の安全な運行環境が作られたり、周囲でUberやLyftの乗降位置が整備されれば電動キックスクーターの効率的な配置も可能となる。そして、Better Market Streetプロジェクトは、People Firstで考えられているところがポイントである。常に人の生活空間の最適化に立ち戻り、決してイノベーションの実装を目的としていないところが、大胆な制約や変化への住民の理解につながる。今後、データに基づいた不断の見直しをしていく予定であり、技術の進歩とともに最適なまちづくりを模索するであろう。 政府の対応に期待していないアメリカの企業に比べて、日本では、比較的官民共同でのプロジェクトが多いかもしれない。例えば、日本国内での様々な自動運転の実証事業では、地域ごとに専用道路の整備などが検討されている。自動運転トラックの隊列走行については、高速道路の出入口を一般車と交錯しないように工夫したり、パーキングエリアで隊列を組み直すスペースを確保できるよう検討している。技術開発とインフラ整備を一体的に進められるのは良いところだが、もし二人三脚に頼りすぎて、官民がお互いの出方を伺うような場合には社会実装が遅れる。 1849年のゴールドラッシュで急成長したサンフランシスコだが、1906年の大地震でマーケット・ストリートは焼け野原となった。絶望の後に生まれたのはイノベーションだった。馬車の時代は終わり、路面電車やケーブルカーを軸とした再開発が進み、1920年代にはは世界で最も素晴らしい通りの1つとなった。ついテクノロジーに目が行きがちだが、大事なことは、自動運転車を走らせることではなく、人々の生活がどれほど便利になり、安全になったかである。住民と対話をしながら、通行禁止まで10年の月日をかけてマーケット・ストリートのあり方を議論してきたサンフランシスコは、次の一歩も住民とともに進めることができるだろう。今後サンフランシスカンの生活がどう変わるか、楽しみにしていきたい。