BaySpo 624号(2004/06/18)掲載
米国企業の東アジア戦略
〜最大の関心事は知的財産権管理〜

ジェトロ・サンフランシスコ・センター 田中 一史

田中 一史
東京生まれ。1990年ジェトロ入会。海外調査部アジア大洋州課、マニラ・センター調査部、「世界は今」(日経CNBC等)の番組ディレクターなどを経て、2002年3月、サンフランシスコ・センターに広域産業調査員として着任。


 米国企業が東アジア進出にあたっての最大の関心事は、知的財産権の保護管理である。

 最近では、米国とタイの自由貿易協定(FTA)交渉開始にあたり、米国側からタイに対して、知的財産権の保護およびそのエンフォースメントの改善を求めたのをはじめ、2004年4月にワシントンDCで開催された米中通商閣僚会議(JCTT)でも、米国側から中国に対して、知的財産権侵害に関する犯罪捜査・刑事罰の対象範囲拡大などを求めた。

 こうした知的財産権を巡る問題は、米国ハイテク企業の東アジア進出の意思決定プロセスにも大きく反映されている。例えば、ナショナル・セミコンダクター社では、現在、中国にデザインセンターの設置を考えているが、その条件として「中国の法制度が十分に整っていて、知的財産権が保護されるという確証が必要である」という。これは、約2年に亘って、他社の中国シフトに遅れまいと、対中戦略を練ってきた同社の戦略マーケティングVPの言葉であるが、彼の最大の関心事も知的財産権の管理であった。

 一方、ソフトウェア大手のA社では、まず、ソースコード自体、中国に持っていかず、本社で徹底した管理を行なっている。また、同社は、中国に開発センターを有しているが、本社以上のセキュリティー体制を敷いており、誰もがアクセスできるものではないという。

【忘れてはならないコンプライアンス問題
 東アジアに生産拠点を構える米国企業にとって、もう一つ大事な問題は、それぞれの進出先国・地域におけるコンプライアンス(法令遵守)である。米国では、度々、「PC革命における中国の成功は、恐ろしいほどの長時間の残業を余儀なくされている低賃金の若年労働者によって支えられている」(2002年11月25日付のサンノゼ・マーキュリー紙)といった見出しの新聞記事に代表されるように、企業は、開発途上国で不当な労働行為を行ない、搾取しているのではないかといった論調が沸き起こる。特にこれまでは繊維産業がやり玉にあがるケースが多かった。例えば、2000年には、サンフランシスコ市に本社を置くカジュアル・ウェアのギャップ社に対し、同社のエルサルバドル工場での不当な労働条件を非難した不買運動が学生を中心に起こり、企業イメージが大きく損なわれたことがあった。

 ハイテク企業に対しては、これまで不買運動までは進展していないものの、マイクロソフト社がやり玉に上がりそうになったことがあった。

 同社は、中国の中山市で、ゲーム機「エックス・ボックス」の製造を台湾のエイサー社の製造部門であるウィストロン社に委託している。マイクロソフト社としては、ウィストロン社と委託生産契約を締結するにあたり、週の労働時間を40時間とし、生産ピーク時には労使の合意に基づいて残業をさせるという取り決めを行なっている。しかし、サンノゼ・マーキュリー紙によると、ウィストロン社では1日12時間シフトが当たり前となっており、マイクロソフト社の説明と食い違っている点を指摘。慌てたマイクロソフト社は、「エックス・ボックスの生産体制が12時間シフトというのは通常のことではない。しかし、海外のパートナー(ここでは台湾企業)とも価値観の共有を確固たるものにしていかなくてならない。今後、生産委託先の労働条件に対するコンプライアンスを監視する計画がある」との声明を発表する一幕もあった。

【協業路線を歩む米国企業】
 米国企業の東アジア戦略は、一言でいえば、進出先国・地域との「協業路線」を念頭に展開している。とりわけ、中国における米国企業の知的財産権侵害が二国間の通商問題に度々取り上げられるものの、個別企業の観点に立てば、知的財産権侵害の自衛は取りつつ、13億人の巨大市場でいかに先行者利益を確保するために凌ぎを削っている。例えば、一時期、マクロソフト社が、自社OSの海賊版を取り締まるよう中国政府に圧力をかけていたが、結局、そのことで、当局から嫌われ、中国版リナックスの促進に拍車をかけたという向きもある。一方、米国企業であっても、アンチ・マイクロソフト社を掲げているリナックスの推進陣営は、逆に中国政府との「協業路線」を歩み、中国版リナックスの実現に向け、研究開発などの面で中国政府や大学と協力関係を築くのに躍起となっている。もっとも、こうした企業の思惑としては、オープンソースによる自社製品の中国市場拡大がある。 

 また、米国のハイテク企業が中国企業との協業路線を歩む道を選択した最たる一例として、米国通信機器メーカー大手のシスコシステムズ社と中国最大の通信機器メーカーである華為技術有限公司との特許紛争がある。

 2003年1月、シスコシステムズ社は、華為が同社のインターネット用OSのソフトウェアを無断でコピーし、不当に利益をあげているとして、米国のテキサス東部地方裁判所に提訴した。裁判当初は、シスコシステムズ社が特許侵害にあたる製品の販売中止および損害賠償を求め、徹底抗戦を図る構えに見えたが、わずか半年余りの後、華為とは、製品(ルーターおよびスイッチ)の棲み分けを行ない、協力関係を保つことで和解した。この合意により、シスコシステムズ社は、世界市場で華為と競合しないハイエンド製品群の投入が可能となり、ひいては、中国市場でも同社とは過度な競合が避けられるようになった。

 このように米国企業は、中国企業に対して牽制を図りつつも、決定的な対決は避け、協業路線を歩む道を模索しており、中国経済の発展とともに、ますますその傾向が強まるのではないと考えられる。

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