BaySpo 644号(2004/11/05)掲載
シリコン・バレーからシルバー・クリーク・バレーへ

ジェトロ・サンフランシスコ・センター 星野 岳穂

◆星野 岳穂(ほしの たけお)

 1962年生まれ、東京都出身。1987年通商産業省(現 経済産業省)入省、電子機器課、地球環境対策室、航空機武器宇宙産業課、原子力産業課、鉄鋼課等に在任し、主として産業振興、技術開発政策を担当。2004年7月、JETROサンフランシスコに勤務。


 シリコンバレーの中心であるサンノゼ市のダウンタウンから更に車で約20分南に下ったところに、サンノゼ・バイオサイエンス・インキュベーター・アンド・イノベーション・センターが本年6月にオープンしました。サンノゼ市再開発局が、既存の建物をベースに約1.6億ドルをかけて建設した施設で、今はまだ入居企業の研究・ビジネス活動が本格化する前で、バイオベンチャーには必須のウエットラボやドライラボ(実験室)なども含め、センター内の隅々まで見学することができます。私自身、同センターを2度訪問しましたが、高速道路を下りてこの建物に向かう道の「シルバー・クリーク・バレー」ロードという洒落た名前の響きに何か明るい将来の予感を感じますし、そして、未だ始まったばかりのインキュベーションセンターの周辺に既に50社の入居が可能なビルが用意されているというスケールの大きさに、シリコンバレーらしいチャレンジングな印象を受けました。

 ITのメッカであるサンノゼ市が、敢えてバイオベンチャー企業の本格的育成に乗り出したのは何故でしょうか。単なる同市の雇用創出策に留まらず、シリコンバレーに新風を吹き込む効果を狙ったものとも思えます。同センターのラボの数は14ありますが、既に6月のオープン以来、世界中から数十社を超える企業が訪れ、20社近い企業は実際の入居に向け真剣に検討・調整をしているとのことで、数ヶ月後にはあっという間に満室になってしまうそうです。

もともとベイエリアは全米の中でもバイオ企業の集結している地域であり、公開バイオ企業だけでも80社、企業数では600社近くが集結し、雇用者数も生物学者や医者、エンジニア等を含め約9万人と、サンディエゴやボストンを圧倒し全米一の集結度を誇るバイオテック・エリアを形成しています。最近では、120ヘクタールという広大なパシフィック鉄道の操車場跡地を市がサンフランシスコ校に無償で提供し、最先端のバイオ拠点となるミッションベイキャンパスの建設が進められ、昨年から研究施設の移転も始まり1〜2年以内には1万人の雇用が見込まれてます。 かつて、ゲノム情報の解析をベースに一時期バイオビジネスのブームがありました。しかし、ゲノム情報は公開情報となり情報自体は直接のビジネスにはならなかったことに加え、やはり生命に直接関わるというセンシティブさが他のベンチャーとは本質的に異なるためか、本格的な立ち上がりにはなお時間を要しましたが、いよいよ万を持してビッグビジネスへの飛躍が始まったようです。

実際、バイオ企業の業績も好調で、例えば10月に発表されたジェネンティック社の製品売上高は、創業開始以来初めて10億ドルの大台に乗り、前年比54%増という勢いです。更に、本年7月には、ブッシュ大統領がバイオテロ対策として『プロジェクト・バイオシールド』法に署名、バイオテロ対策の研究開発に対して製薬業界に奨励金を支払い、薬剤の承認手続きに要する時間を短縮し緊急時には米食品医薬品局(FDA)の承認を待たずに政府が一定の治療を提供できるようにするというもので、これが成立し56億ドル近い予算が投入されることになれば、バイオビジネスの大きな追い風にもなるでしょう。

 地図で良く見ると、シリコンバレーは同大学からサンノゼに至る南側に広がっていますが、ジェネンティック社をはじめとするバイオ企業や大学、各種研究機関を含むバイオテック・エリアは、スタンフォード大学より北側に位置しています。この南北に分かれて隣接する2大ハイテク・エリアは、やがて融合し、イノベーションを生み出すのでしょうか。両エリアが重なる地理的な要には、スタンフォード大学が位置しています。これは決して偶然ではないのでしょう。またも同大学がシリコンバレーの将来の鍵を握ることになります。ネットスケープ社の創業者ジム・クラーク氏が1.5億ドルもの資金をスタンフォード大学に寄付し、バイオ、医学とエンジニアリングの学際研究としてBio‐Xプロジェクトが発足したのは有名ですが、改めてこの大学の存在の大きさを思い知らされます。

IT、バイオの融合化といえば、その典型はバイオインフォマティックス(生物情報学)です。最近のバイオ技術の急速な進歩自体、既にITに依るものですが、例えば遺伝子解析によって得られる膨大な情報はそれ自体では利用価値が無く、そこから具体的に医療等に必要な情報を抽出し効率的に解析するという大量情報処理技術の進歩が不可欠です。また、医療技術の進展によりオーダーメイド医療(個人の体質や過去の病歴、投薬等の情報に応じた各人毎の治療)が行われるようになると、益々各患者の情報が重要になり、薬の飲み合わせ等によるトラブルを回避するためのきめ細かいデータベースや情報解析、あるいはレントゲンやMRI等の画像情報をポータブル化するニーズも高まってきます。

これらは、患者の治療を効率化し負担を低減するのみならず、各国が抱える医療費コスト削減問題にも寄与する、極めて重要な技術と言えます。バイオチップへの期待も高まっています。

 ただ、その次のステップとして再生医療や、更にチップの人体埋め込み技術の領域となると、世論の期待や投資の動きとは裏腹に、現実の研究現場では未だ基礎研究レベルで確立すべきことが山積しており、直ちに商業化というわけにはいかないという慎重な見方もあります。しかし、いずれにせよ今回は、ITバブル終焉後の代替投資先として一時的にヘルスケアに投資が集中しているのではなく、むしろバブル化し得ない着実なビジネス分野として、シリコンバレーに新たな潮流を与えていることは間違いなさそうです。

有澤保険事務所

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