BaySpo 650号(2004/12/17)掲載
激化するスーパーコンピュータ最速競争

ジェトロ・サンフランシスコ・センター 星野 岳穂

◆星野 岳穂(ほしの たけお)

1962年生まれ、東京都出身。1987年通商産業省(現 経済産業省)入省、電子機器課、地球環境対策室、航空機武器宇宙産業課、原子力産業課、鉄鋼課等に在任し、主として産業振興、技術開発政策を担当。2004年7月、JETROサンフランシスコに勤務。


 去る11月8日、半年に1度更新される世界最速スーパーコンピュータTOP500リストがピッツバーグで開催されたSC2004カンファレンスで発表され、2002年から5期連続でトップの座にあった日本が誇る「地球シミュレータ」(NEC)を、IBMのBlue Gene/Lが約2倍もの性能で追い抜き首位に躍り出ました。これは米ローレンス・リバモア国立研究所に納入される1億ドルのシステムのプロトタイプで、3万3千個のプロセッサを搭載、70.72TFLOPS(1秒間に70.72兆回の演算)という凄まじい性能が記録されています。しかも、完成版は13万プロセッサを搭載、ピーク性能は何と360TFLOPSにも達するとのことです。2位は、SGI社ががNASAエイムズ研究所向けに構築した1万240プロセッサ搭載のColumbia(51.87TFLOPS)で、35.86TFLOPSの地球シミュレータは3位となりました。それにしても、筆者が十数年前に担当した日米政府間協議でのスーパーコンピュータ性能の定義は「数百MFLOPS以上」というレベルでしたから、最先端のこの分野で、僅か十数年で千倍近い驚異的な技術進歩が進んだことになります。思わずため息をつかずにはいられません。

 スーパーコンピュータ、いわゆるスパコンとは、大規模で複雑な科学技術計算に用いられる超高性能コンピュータです。通常のコンピュータでは計算に数日あるいは数年、数十年も要するような気候変動予測、航空宇宙、原子力、自動車等の分野の設計やシミュレーションを僅か数秒、数時間で行ってしまうというものです。その時代の最先端の技術を結集して開発され、性能もさることながら開発費も価格も一般のコンピュータとは桁違いに高いため、これまでは専ら大学や研究機関に設置されてきました。市場が小さく、科学技術計算に適したベクトルプロセッサと呼ばれる特殊な演算装置が主流であったことから、世界の大手コンピュータメーカは取り組みに及び腰で、この分野は日本のコンピュータメーカが世界の最先端を担ってきました。しかし、近年、多数の汎用マイクロプロセッサを接続して並列に動作させて超高速演算を実現する方式が開発されて以来、パソコン等のマイクロプロセッサの飛躍的な性能向上と低価格化を受けて、現在では多数の企業がこの並列方式を基に競争に参入し、今や熾烈な大競争の時代を迎えています。今回のTOP500の発表に至るまで間も、各社のスパコンの世界最速記録の発表が相次いだ上、首位に立ったBlue Gene/Lを追い抜く機種の開発計画が既に発表されているといった状況です。 

こうした各社の競争激化の背景には、当然、単なる実力誇示に留まらず、近年のスパコンの市場ニーズの拡大への対応戦略の面があります。基礎科学分野の利用から、分子設計や遺伝子解析等のバイオや化学産業分野での導入、バイオと情報技術を結びつけたバイオインフォマティックス、更には金融工学や経済予測等といった産業応用分野へと適用範囲が拡がり、それによって産業界の利用頻度が増加し、個別企業が直接購入するケースも増加しています。また、各企業において製品開発の試行錯誤プロセスのコストを極力削減するために、コンピュータ上でのバーチャルな製作や衝突実験等のシミュレーションが有効となってきたことも挙げられます。更に、先月のWPC EXPO 2004で基調講演を行ったインテルCTOのゲルシンガー上席副社長は、米国におけるメディアコンテンツのデータ量が1万5千テラバイト、全世界のフィルムコンテンツ量は42万テラバイトに達することを示し、テラ時代の幕開けを支えるコンピューティング性能が必要となること、そのために技術革新が進み、スパコン・オン・チップが実現して(パソコン上でスパコンレベルの情報処理を行う)、ITの世界は新たな変貌を遂げるだろうと指摘をしています。単に高度な科学技術目的ではなく、私達個人でさえ、現在のスパコン並みの情報処理を使いこなす時代が来るということです。もちろん、地球環境変化の予測の問題や災害予防対策等の公共ニーズも高まる一途です。

こうした流れを背景に、米議会も動き出しました。本年11月17日、スーパーコンピューティングに1億6500万ドルの資金を投入する新法案「2004年エネルギー省高性能コンピューティング再生法(Department of Energy High-End Computing Revitalization Act of 2004)」を可決しました。ブッシュ大統領の署名を待って法律となります。同法案によれば、2005年度から2007年度の各年に5000万ドル、5500万ドル、6000万ドルを政府(エネルギー省)が拠出し、高性能コンピューティングの研究、スーパーコンピュータの開発/購入、ソフトウェア開発/保存センターの設立、同技術の民間部門への移転を行うとされています。米国にとってスパコンは、各種兵器の開発及び使用時の影響シミュレーション、暗号通信の解読、戦争時の戦略シミュレーション等に極めて重要な技術であることに加え、被害の激しいハリケーンの進路等の天候予測にも不可欠であり、まさに今の米国にとって国家安全保障上必須の技術というわけです。1位と2位を米国が独占しているにも関わらず、米学術研究会議(NRC)は、冒頭に紹介したスパコンTOP500リストの上位500機の過半数は米国の国家安全保障の要求水準を満たすには不十分と結論づけた報告書を発表しています。 

 

この報告書を受けて米議会が新法案を可決したわけですが、あくまで国家安全保障上の要請だとは言っても、結果として産業競争力を高め市場を制覇するというパターンはこれまでも様々なハイテク分野で繰り返されてきました。実は、スパコンTOP500リストをよく見ると、首位争いこそ日米欧が競っているものの、TOP500リストに載ったシステムの75%は既に米国製(IBMかHPののいずれか)で占められています。今後は、SGIの追撃も目を離せなくなるでしょう。政府の後押しによって更に競争力が高まることになります。

他方、アジア製のスパコンも未だ少数ながら着実に増えています。上位500位のうち、既にランクの常連である日本は30台、これに対して他のアジア各国のシステムは57台あり、このうち中国は17台がランクインしています。中国が初めてランク入りしたのは僅か2〜3年前で、昨年の9台から急増しています。

 日本が優位性を持つベクトル型のスパコンは、もともと科学技術用の数学演算に優れており、プログラミングも簡単だという利点があります。そうした優位性を活かしつつ、日本も産官学挙げてスパコン戦略を再構築する時期が来ているのではないでしょうか。安全保障のみならずサイエンス型産業の発展に必須のスパコン技術を米国に独占されないよう、そしてアジア各国に追い付かれることのないよう、将来の市場を睨んだビジネス本位の戦略を早急に考える必要がありそうです。

有澤保険事務所

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