BaySpo 740号(2005/10/07)掲載
中国人材を巡る仮処分判決下される
〜マイクロソフトとグーグルの係争判決〜
ジェトロ・サンフランシスコ・センター 田中 一史
田中 一史 ((たなか かずふみ)

 東京生まれ。1990年ジェトロ入会。海外調査部アジア大洋州課、マニラ・センター調査部、「世界は今」(日経CNBC等)の番組ディレクターなどを経て、2002年3月、サンフランシスコ・センターに広域産業調査員として着任。

 マイクロソフトが、同社の元中国研究・開発(R&D)センター長であったカイ・フー・リー氏がグーグルに転職したことに対し、守秘義務と競業避止義務条項に反するとしてワシントン州キング郡高等裁判所に差し止め仮処分を請求していた問題で、9月13日、同裁判所は、同氏の転職は合法としながらも、グーグルではマイクロソフトが主張する検索、ナチュラル言語、音声認識の技術開発などに携わることを禁止すべきとの仮処分を下した。

 この事件は、連日、マスコミなどでも大きく取り上げられて、ご存知の向きも大勢いるかと思うが、何故、リー氏がグーグルに転職するに至ったのか、あるいは米国IT企業の最重要課題の一つとされる中国の内販戦略の責任者に報酬面でいくらぐらいあげて、人材の確保に努めているのか、その裁判に纏わる周辺情報が今後の日本企業の海外でのオペレーションを熟考する上で大変参考になろう。

【マイクロソフト、守秘義務および競業避止義務条項違反を主張】

 この裁判の発端は、マイクロソフトの元中国R&Dセンター所長の経歴を持ち、同社の中国R&D事業の中核的な役割を果していた台湾人、カイ・フー・リー氏が2005年7月19日にライバル会社のグーグルに転職したことで、マイクロソフト側がグーグルおよび同氏に対して、同氏の転職は98年に同氏がマイクロソフトに入社した際に締結した守秘義務および競業避止義務条項に反するとしてワシントン州キング郡高等裁判所に提訴したことに始まる。

 これに対して、被告側のリー氏は、マイクロソフトの中国子会社(R&Dセンターの立ち上げなどに従事)で働いたことを認めつつも、マイクロソフトが主張する同社の検索技術に貢献したことや、そのソースコードを見たという事実を否認している。事の真偽および終局判決は2006年1月に開かれる裁判まで待たなくてはならないが、ワシントン州キング郡高等裁判所による差止の仮処分は9月13日に冒頭のような判断を下した。

【転職の売り込みは自ら】

 それでは、リー氏はどうやってライバル会社のグーグルに転職を果したのか?

 マイクロソフトが裁判所に提出した詳細な資料によると、転職の売り込みは、リー氏自らが2005年5月7日に、「グーグルが中国での大きな事業展開の野望を持っているとの噂を聞いた」として、グーグルの最高経営責任者(CEO)のエリック・シュミット氏や創立者のラリー・ページ氏、サージー・ブリン氏に直接Eメールで「マイクロソフトでグーグルと近い分野で働いている」と売り込んだとされている。

 これを受けて、グーグルのエンジニアリング担当のバイス・プレジデント、アレン・ユウスタンス氏より、リー氏に対してEメールにて「話し合いの場を持ちたい。24時間以内に電話するように」との連絡があった。

 その後、リー氏とグーグル関係者との接触は頻繁に始まり、5月27日にはシュミットCEOらとインタビューし、6月7日にはマイクロソフトの中国戦略に関する部内秘資料をシュミットCEOに転送したことが明らかにされている。当然のことながら、マイクロソフトは当時まだマイクロソフトの社員であったリー氏のこうした行動を問題視しており、守秘義務を怠ったとして強く非難している。

 また、この間の5月31日には、ユウスタンス氏よりリー氏に対して、「貴氏の転職はマイクロソフトの競業避止義務条項に当たらないか。中国に赴任した時に何か追加の書類に署名をしたことがあるのか」との確認のメールを入れており、これに対して、リー氏は「(中国赴任にあたって)何も書類には署名していない」と返信している。

【優秀な人材の獲得が成功の鍵】

 また、同資料によると、リー氏は、中国におけるR&D戦略の成功の鍵は、優秀な人材の獲得、と繰り返し主張しており、事実、中国から米国本社に帰国後も、中国でのリクルートや面接に注力していたとしている。リー氏の度重なる助言もあり、マイクロソフトでは、優秀な人材の獲得が、中国ビジネスのトッププライオリティとして位置付けていたことが明らかになった。その他、同社では、中国政府との関係、中国におけるM&A展開なども重要な戦略としている。

 リー氏は、こうしたマイクロソフトの中国戦略に関する内部情報をそのままグーグルにも与えており、さらには、マイクロソフト(中国)からの人材の引き抜きや、R&Dセンターの設置場所などの助言を与えていたようだ。

【リー氏に未曾有の報酬を提示】

 こうしたリー氏のマイクロソフトで培った中国ビジネスに対する経験や知見などを高く評価したグーグルは、同氏の採用の意向を正式に決め、7月1日に未曾有の報酬を記したオファーレターを出状した。

 グーグルがその際にリー氏に提示した報酬は次のとおり。

a) 契約時ボーナス

  :250万ドルの現金

b) 1年後に支払うボーナス

  :150万ドルの現金

c) 基本給:25万ドル/年

  +業績に応じて

  25%の追加ボーナス

d) 1万株のストックオプション(時価で換算すると、約300万ドル)

e) 4年間で2万株の付与(時価で換算すると、約600万ドル)

 また、今年第3四半期に開所予定の中国R&Dセンターに駐在した際の手当ては次のとおり。

  

a) 家賃補助:月額1万ドル

b) 途上国手当:2000ドル

c) 自動車手当:月額3000ドル

d) 教育手当:月額1500ドル

 今後の裁判の動向は、しばらく待たなくてはならないが、少なくとも、この裁判を通じて、中国における内販やR&D戦略をこれから手掛けようとしている米国企業の中国における経営幹部の報酬などが明らかになったことは、日本企業の中国における人材獲得において参考になるものと思料される。 

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