BaySpo 813号(2006/03/31)掲載
オフショアリングによる雇用への影響は限定的

〜情報技術専門家グループ、ACMの報告書から〜

ジェトロ・サンフランシスコ・センター 村松 洋介

村松 洋介(むらまつ ようすけ)
1964年生まれ、神奈川県出身。1988年国税庁入庁。旧大蔵省国際金融局、高松国税局、旧大蔵省理財局、


 情報技術の専門家や研究者のグループであるACM(米国計算機協会:The Association for Computing Machinery)は、米国ではIT関連の雇用増加がオフショアリング(海外アウトソーシング)による雇用減少を上回るなどとして、オフショアリングによる雇用への影響は限定的であるとの報告書を発表しました。その一方で、国家の安全、知的財産、個人のプライバシーには積極的な対応が必要であるとの提言も行っています。

【IT関連の雇用増加がオフショアリングによる雇用減少を上回る】

 ACMの報告書の大きな1つのポイントは、オフショアリングによる雇用への影響は、従来いくつかのリポートで指摘されているほど大きいのものではないということです。

 今回の報告書は、「米国では、今後10年間毎年、オフショアリングが原因で情報技術(IT)に関連する雇用の恐らく2%から3%が失われることになる」と述べています。しかしその一方で、「ITの利用が拡大しているので、IT関連雇用の総計は、同期間中、年率3%以上のペースで増加していく可能性が極めて高い」と分析しています。つまり、米国ではIT関連雇用の新規の増加分が、オフショアリングによる雇用の減少分を上回るという見方を示しています。

 また、報告書は、連邦労働省のデータを引用し、「米国のIT関連雇用は、ITブームのピークであった時期に比べて、現在のほうが多くなっている」と指摘しています。同報告書によれば、「過去5年間にわたってオフショアリングが顕著に増加したにもかかわらず、こうした傾向は明らかで、米国の2004年のIT関連雇用は、1999年時点よりも17%増加している」と説明しています。そして、報告書は「オフショアリングによって、ビジネスを世界規模で成長させ、イノベーションの環境を創造していくことが可能となり、このことを通じて高水準の新規雇用を生み出す」と述べています。

【従来のオフショアリングに関するリポートを批判】

 さらに、報告書は、これまで発表されてきたオフショアリングのいくつかのリポートの方法論を批判しています。例えば、あるリポートは、「米国では2015年までに330万人の雇用がオフショアリングによって失われると予想している」が、「こうしたレポートの問題点は、比較する基準を示していないことだ」と指摘しています。報告書によれば、こうしたレポートは、雇用流出の絶対値を示すだけで、予想される雇用の流出がどのような人口規模の下で算出されたものなのかを語っていないことが多いとしています。

 【国家の安全、知的財産、個人のプライバシーには積極的な対応を】

 その一方で、報告書はオフショアリングに伴う課題についても言及しています。報告書によれば、オフショアリングは、国家の安全、知的財産、個人のプライバシーに対する新たな脅威となる可能性があるとしています。従って、企業と政府の双方が、こうしたリスクを軽減するための方策を構築していくことを提唱しています。また、IT産業が世界規模で広がる中で競争力を維持し続けるためには、イノベーションを促進する政策を採用する必要があると述べています。そして、こうした目的を達成するためには、ITに関する優秀な人材を引き寄せ、教育し、維持していく政策が非常に重要だと強調しています。

【コンピューター科学専攻の志願者を増加させるための身勝手な試みとの批判も】

 それでは、今回の報告書に関するメディアの取り上げ方を見てみましょう。

 「ニューヨーク・タイムズ」紙(2月23日)は、「今回の報告書は、ハイテク雇用が、インドや中国などの強力な教育システムを持った低賃金の国々へ移転することに伴って減少するという予想は過度に誇張されていたと結論付けるものだ」と紹介しています。そして、「アウトソーシングについての最近の議論では、ソフトウエア産業は急速な雇用の移転が起こりやすい産業の1つと考えられてきた」が、「今回の報告書が全体的として明るい見通しを示していることは意義深い」と述べています。

 「サンフランシスコ・クロニクル」紙(2月24日)は、報告書の内容を「海外へのハイテク雇用の流出は、従来予想されていたよりも米国の労働者に与える影響は小さいが、今後オフショアリングが拡大するにつれて、新たなリスクや課題が生ずると述べたものだ」とまとめています。また、同紙は、ACMの会長で、カリフォルニア大学バークレー校教授のデイビッド・パターソン(David Patterson)氏のコメントを紹介しています。パターソン氏によれば「米国の平均的な高校生とその親たちは、IT関連雇用の全てが中国やインドに行ってしまったと考えている。このような間違った事実を受け入れてきたがために、この分野ですばらしい才能を持った生徒もコンピューター科学を専攻することを考えなくなってしまっている」といいます。この発言からは、今回の報告書を機に、改めてIT分野の魅力を訴えていこうとする姿勢が伺えます。ただし、この点は、逆に、報告書を批判する見方にもつながります。同紙は、報告書がオフショアリングの肯定的な面を強調していることに対して、「大学でコンピューター科学を専攻しようとする志願者を増加させようとする身勝手な試み」と批判する見方が出ていることを伝えています。

 オフショアリングは、ここ数年、大きな論争を巻き起こしていますが、今後も引き続き議論の行方を注視する必要があるように思われます。なお、ACMの報告書「Globalization and Offshoring of Software」は、以下のURLでご覧になれます。http://www.acm.org/globalizationreport/

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