かつて「米国がくしゃみをすると日本が風邪を引く」といわれたものですが、いま風邪を引きやすい国の代表はインドのようです。米国から遠く離れたインドですが、良くも悪くも米国経済との一体化が進み、昨今の米国サブプライム・ローン(信用度の低い消費者に対する高金利ローン)問題の余波を受け、米企業からの海外業務委託(オフショアリング)に影響が出ています。
現在、フォーチュン500(世界売上高上位500)社のうち、8割の企業が何らかのかたちでインドにオフショアリングをしており、インドのIT産業は、その収益の3分の2を米国から得ています。「ビジネスウィーク」誌の推計によると、米国企業が2003〜06年に海外に委託した業務は660億ドルに達しました(毎年ヨルダンのGDPに相当する業務が海外に出されている計算)。米国からインドに発注される業務の重要な一角を占めるのが、銀行・金融部門。インドが受注する住宅ローン業務は、米住宅市場の過熱化とともに拡大し、07年1〜3月期には前年同期比47%増となりました。
オフショアリング受託大手のインフォシス社によると、同社収益の3割(07年7〜9月)は銀行・金融関連です。次いで電気・通信(21%)、製造(14%)、小売り(13%)。オフショアリングの委託元といえばハイテク企業をイメージしがちですが、実態は銀行・金融セクターが最大です。ご存知のように米国の金融セクターは業務のオンライン化が進展し、顧客が実店舗の窓口に足を運ぶことは非常に少なくなっています。サブプライム・ローン問題の発生は、こうした金融業務のオンライン化、すなわち“非対面式の簡便な自動サービスの拡大”と密接な関係にあるといえるでしょう。そのオンライン化を陰で支えるのがインドです。
【金融依存、米・英依存の高い企業で配転や解雇の動き】
インドのオフショアリング業界では、住宅関連業務に影響が出始めています。米国ファースト・マグナス・フィナンシャル社(イリノイ州)が8月、破産を宣言しました。インドのムンバイにあるWNSホールディングス社にとって、ファースト・マグナスは10指に入る重要な顧客でした。WNS資料によると、08年度は住宅関連業務の収益が減少。同社全体の収益は07年の前年比49%増から大きく鈍化する見通しです。
米住宅ローン大手グリーンポイント・モーゲージ社(カリフォルニア州)も業績が悪化し、現在同社ホームページは「8月20日をもって新規住宅ローン受付を停止した」と伝えています。iGateによると、同社収益に占める住宅ローン関連業務の割合は、この6ヵ月間で10%から7%に低下。「米国サブプライム問題の影響で業務受注が減っているため」(同社)とのこと。同社は収益の8割を米国から得ている上、銀行・金融部門が収益の4割を占める点が響いています。
他方、前述のインフォシスへの悪影響はまだ出ていないようです。同社管理業務部門責任者のチャウドリー氏は「(サブプライム問題の)影響は小さく、せいぜい100万ドル程度だろう」と述べています。同社は、上位の顧客10企業から得る収益が、全体の3割と低く(WNSやiGateは7割)、顧客層の多様化が進んでいることが悪影響の分散に貢献しているようです。ただし同社は「米国からの受注が減っている気配は全くないが、米国(シェア6割)に依存しすぎていることは事実であり、欧州(3割)にも業務を広げたい」と、受注地域の多様化を目指す考えを明らかにしています。
もう1つのオフショアリング受託大手ウィプロ社はどうでしょう。同社の収益は米国48%、欧州25%、インド国内23%(07年4〜6月)と分散しており、インフォシスよりも対米依存度が低くなっています。さらに銀行・金融部門は全体の2割強と小さいため、サブプライム問題の影響はあまり大きくないとみられます。
このように、オフショアリング企業の業態や地域依存度によって影響の出方は変わってくるようです。「今のところ、悪影響は住宅ローン・サービスに依存したインドの一部企業に限られている」(インド・ソフトウエア・サービス協会)との見方が大勢。在シリコンバレーのインド系ソフト会社のCEOは、「コスト削減のため、米企業はインドへのオフショアリングをさらに進める」とむしろ強気の見解を示しています。
しかし米経済全体が停滞するようだと、インドへの悪影響は避けられないでしょう。「米国経済の悪化がインドに及ぼす影響は、以前とは比較にならない」(インド公共財政政策研究所)ためです。
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