一般編  Vol.170
春海 三悟さん
東京・杉並区に産まれ、中野区で育つ。両親は兵庫県淡路島出身。6人兄弟姉妹の末っ子。1975年に早稲田大学教育学部を卒業後渡米。5年間日系輸入会社の倉庫勤務の後、大学に戻り、1985年サンフランシスコ州立大の社会福祉修士号取得。湾東国際教会「ひまわり会」に勤務後、1987年5月より2014年12月まで、サンフランシスコ気持会のソーシャルサービス部主任として勤務。既婚、息子が2人いる。
28年間続けた毎日が敬老の日
サンフランシスコ日本町の気持会でソーシャルワーカーとして長年務め、昨年末で定年を迎えた春海さん。界隈では知らない人はいないという春海さんに、この仕事を選んだきっかけや現在の暮らしぶりについて伺いました。
春海 三悟さん

(Sango Harumi)BaySpo 1362号(2015/01/02)掲載

ベイエリアに住むことになったきっかけ
 1975年4月。ベトナム戦争が終わる1週間前です。姉がサンフランシスコに住んでいて、大学を卒業後外国を見たくて、軽い気持ちで来て何となくそのまま永住です。

ベイエリアの印象
 サンフランシスコの白いペンキに塗られた家が立ち並ぶ町並みがとても綺麗だったのが印象に残っています。着いてすぐ日本町の桜祭りを見てびっくりしたのも記憶にあります。

自分の専門分野について
 サンフランシスコの日本町にオフィスがある気持会で、主に日系人日本人の高齢者を対象にソーシャルワーカーとして27年半勤め、昨年の12月一杯で退職しました。気持会は非営利のコミュニティ団体で、食事プログラム、送迎プログラム、ケアホーム、デイサービスなど、シニアの方々への多岐にわたるサービスを提供していますが、私はソーシャルサービスという部門のコーディネーターを23年間していました。気持会ソーシャルサービスの利用者の多くは、身近に家族親戚が居られず、また文化・価値観の違いや、言葉の壁の為に一般の福祉・医療・その他の必要なサービスの恩恵を受けるのが困難な方たちです。当然仕事の範囲も、医療・年金・健康保険・法律・住居等など、広範囲な知識が要求されました。又認知症その他の精神的・身体的疾患を持つシニアのご家族、友人の方々へのサポート提供も私たちの大事な仕事の一つです。

その道に進むことになったきっかけ
 以前同じ日本町にある「のびる会」でボランティアをしていて、そこに関わっていた日系の人に「貴方はソーシャルワーカーに向いている。是非社会福祉修士課程をとるように」と勧められて、サンフランシスコ州立大でマスターを取り、今の仕事に就きました。

英語で仕事をするということ
 サービスの利用者の8割は日本語の方たちですが、その利用対象が病院、社会福祉事務所、ソーシャルセキュリティーオフィス、果ては「取立屋」まで、皆もちろん厳しい英語の世界なので、最初のころは言葉ではとても苦労しました。発音もそうですが、言い回しなどもいろいろ勉強させられました。

英語で失敗したエピソード
 普段はほとんどどやりませんが、裁判所での通訳をさせられた時、途中で訳が分からなくなり、パニックになりました。あとボイスメールで自分の発音を機械が理解しない時、いつも落ち込みます。

英語が100%ネイティブだったらどんな仕事に?
 あまり想像できませんが、やはり同じような人間相手の仕事をしていたのでは。

あなたにとって仕事とは?
 この仕事はなにか職業というよりも、ボランティアの延長、「毎日が敬老の日」「一日一善」を実践しているような気がします。人の役に立つためにしているので、もちろん給料をもらうサラリーマンではあるけれど、仕事をさせられているという感覚は少ないと思います。

生まれて初めてなりたいと思った職業
 先生か新聞記者。家族や親戚にその分野の人が多かったので。

いまの仕事に就いていなかったら
 日本にいたら結構固い公務員のような仕事に就いていたのではないでしょうか。あと社会科の先生とか。

現在、住んでいる家 
 イーストベイのアルバニーというところの一軒家にワイフと3歳の愛猫3人で暮らしています。 
乗っている車
 2010年シルバーのトヨタ・カローラ。街で一番よく見かける車です。

睡眠時間・起床時間・就寝時間
 大体7時間位。平日は起床7時、就寝は11時半ぐらい。リタイヤして仕事をしなくなっても規律正しくいきたいと思っています。

休日の過ごし方
 テニスは毎週土曜日の朝。時々ゴルフ、卓球。古本市のボランティアもしています。

好きな場所
 近場ではバークレーのマリーナ。少し遠いところではソノマ市あたり。

最もお気に入りのレストラン
 家の近所のソラノ・アベニューにある「China Village」です。普通の中華料理店と少し違って珍味なものが多く、辛さのなかにも風味があるのでいつもとても混んでいます。

よく利用する日本食レストラン
 やはり日本町の「タカラレストラン」あたりでしょうか。ラーメン「たんぽぽ」も時々。

1億円当たったとして、その使い道
 半分は気持会のサンマテオプロジェクトに寄付をすると思います。残りはとりあえず定期預金。

日本に戻る頻度
 2、3年に一度。最近は同窓会に合わせてもどります。

最近日本に戻って驚いたこと
 やはり、電車、駅、いや町中で、スマホをじっと見つめる人達。最近はアメリカでも多くなりましたが・・・。本・新聞を見ている人達を見るとホッとします。

日本に持って行くお土産
 ナッツ類、コーヒー豆。Trader Joe'sのエコバッグが結構喜ばれました。

日本からベイエリアに持って帰ってくるもの
 レトルト食品、菓子、羊羹類、ブックオフの文庫本。

現在のベイエリア生活で、不便を感じるとき
 今の家は結構便利なところにありますが、やはり車の運転ができなくなった時の交通機関はアメリカは圧倒的に遅れていますね。

現在のベイエリア生活で不安に感じること
 職業柄、病院・リハビリ施設の待遇等で苦労をしているシニアの人達を多くみているので、自分が大病した時のことを考えると恐ろしいです。

日本に郷愁を感じるとき
 こちらに長いので普段あまり日本のことを思い出すこともないですが、やはり温泉、美味しい食べ物、大都会の雑踏などテレビを通じて郷愁を感じることがあります。

お勧めの観光地
 オレゴン州ポートランド。雨が多い分、春・夏の緑は素晴らしいです。交通機関も便利で、レンタカーなしでも充分楽しめますし、人も親切です。

永住したい都市
 ちょっとベイエリア以外に考えられませんが、ポートランド・シアトル・ハワイなども悪くないと思います。

5年後の自分に期待すること
 とにかく健康で元気に、今していることを続けられていることを願っています。

最も印象に残っている本
 重信清の『ナイフ』。学校でのいじめを扱った彼の初期の作品です。

最近読んだ本
 渡部淳一の『弧舟』。エリートサラリーマンの退職後の悲哀をとてもリアルに描いています。

最も印象に残っている映画
 古いですが『West Side Story』。中学生のころで、結構何度も映画館に通いました。

最近観た映画
 是枝監督の『そして父になる』。とても良かったです。

自分を動物にたとえると? なぜ?
 ナマケモノですかね。のんびりした性格なので。

座右の銘は?
 「継続は力なり」。これを信条にがんばってきました。

(BaySpo 2015/01/02号 掲載)

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