一般編  Vol.327
グレディ 摩利子さん
発酵所「叡伝」オーナー。一橋大学法学部卒業。手作りの麹を元にした発酵食品を、べイエリアの人気ストア、レストランに販売。ファーマーズマーケットや味噌作りクラスを通し、発酵の魅力を伝えている。夫、子ども二人、猫とサンフランシスコ在住。
頭で判断する前に、身体が喜ぶこと、 楽しいことを選ぶ
2011年の東日本大震災をきっかけに、「自分のアクションで日本への義援金を作りたい」という思いから麹作り、発酵食品販売を始めたという摩利子さん。自身が経営する発酵所「叡伝」を通じ、コミュニティーに貢献したいと話す彼女に、ベイエリアの生活について伺いました。
グレディ 摩利子さん

(Mariko Grady)BaySpo 1644号(2020/05/29)掲載

ベイエリアに住むことになったきっかけ 
 今は発酵所「叡伝」で麹を醸す毎日ですが、以前は「Pappa Trahumara」というパフォーミングアーツグループのパフォーマーとして、日本国内はじめ、アメリカ、ヨーロッパ、アジア各国を回っていました。2001年、San Francisco Yeaba Buena Arts Centerでの公演で今のパートナーと知り合い結婚。2003年に娘を出産後も舞台の仕事があったので、私は東京、彼はアメリカとしばらく2拠点で生活していました。夫の住むサンフランシスコに合流したのが2005年、それが渡米の年ですね。

ベイエリアの印象
 リハーサルと本番のため、赤ん坊だった娘を連れ旅することも多かったのですが、仕事を終えベイエリアに戻るたび、時間も環境もゆったりしていて心底ホッとしたのを覚えています。弱いもの、小さいものに対して街全体、人が優しいと感じました。様々な文化が混在し緑も多く、とても魅力的な場所だと思います。

自分の専門分野について
 地方から東京の大学に入学した頃、受験勉強の後遺症でしょうか。言葉を使って考えていることと、心が感じることのギャップが気になり、呼吸するのも笑うのもぎこちない状態でした。そんな頃、大学の先輩で演出家の小池博史氏に出会い「タラフマラ劇場」(のちに「Pappa Trahumara」に改名)を立ち上げることに。机に座って講義を聞くより、今私に必要なのはこれだって感じました。それからはもう朝から晩まで稽古場で過ごし、身体をこね続ける毎日。演出家の小池氏は、身体表現、美術、音楽、光、様々な要素を盛り込みながら緻密に舞台空間を練り上げる人で、一人ひとりのパフォーマーへの要求もとても高かったんです。ヴォイス、ムーブメント、台詞、ダンス、公演ごとにこれまでにないことを要求されるのですが、そのおかげで人って思い込みから解放されるといくらでも変わっていけるんだと、身体で理解することができました。毎回、次の舞台こそが大きな山だって言いながら、休むまもなく考え込む暇もなく、新作公演、海外公演を重ねていきました。30代半ばくらいでしょうか。思考と表現が身体の中でしっくりし、身体への信頼を取り戻せたのは。自分の中の自然、野生と繋がれたって感じがしました。この感覚と出会うために舞台を続けてきたんだと思います。できるとかできないとか頭で判断する前に、身体が喜ぶこと、身体が楽しいことを選べるようになってました。自分の中の自然を大切に、場を作ること、身体を耕すこと、表現すること、これが私の専門分野です。

その道に進むことになったきっかけ
 2011年の東日本大震災が大きな転機となりました。長年所属した「Pappa Tarahumara」は震災後、結成30年の2012年のファイナル公演をもって解散することを決定。多くの方がそうだったと思うのですが、錯綜するニュース、混沌とした状況の中、私もこれからの生活を見つめ直すことになりました。当時私はサンフランシスコで、2歳と8歳の子どもの世話に追われていましたが、自分のアクションで日本への義援金を作りたいと思い、自家製味噌を販売しました。少量バッチの味噌はあっという間に底をつき、これはもう自分で米麹を作って味噌を仕込むしかないと一冊の本を頼りに麹作りを始めました。毎日毎日、米袋や木箱の中で育つ麹をのぞき込み、その生育に一喜一憂する日々。発酵の声に耳を傾けながら手仕事を繰り返す中に、これからの未来を支えるヒントがたくさん詰まっていると気づきました。慎ましく生きること、電気に頼らない生活、自然に寄り添い生きること、自分の手で食べ物を作ること、常温で食べ物を保存する術、美味しいものを簡単に作ること、菌の力で得られる健康な身体。この発酵の魅力をもっと多くの人と共有したい、日本とのつながりを感じながら仕事をしたいという思いが強くなり、女性のフードビジネスを支援する「La Cocina」のインキュベーションプログラムに応募し、2013年「叡伝」をスタートしました。
 現在、味噌や甘酒や塩麹の発酵食品をベイエリアのストアやレストランに販売してますが、これからも工程はできるだけシンプルに、自然の力、菌の力を生かし、足りないところを工夫とマンパワーで補う感じで進んで行きたいですね。とはいえこれまでも本当にいろんな人に出会い関わってもらえたからこそ叡伝があるのですが、これを読む多くの友人に、私のことかなって感じてもらえれば嬉しいです。
 今回のShelter in Placeの期間、改めて自分の使命、やりたいことをイメージしたのですが、これからもっと「叡伝」がコミュニティーのために菌や知恵をつなぐ場になれるといいですね。発酵食品を購入できるストアであり、発酵食が味わえるカフェであり、自分で味噌を仕込んで学べる場であり、コミュニティーの味噌蔵である、発酵食品を購入できるストアであり、発酵食が味わえるカフェ、自分で味噌を仕込んで学べる場、コミュニティーの味噌蔵、そんな全てをかねそなえた味噌カフェを叡伝メンバーと発酵を愛してくれる人たちとで作っていければと思います。

英語で仕事をするということ
 私の場合、あいだに発酵食品を介する場合が多いので、なんとか英語でのコミュニケーションが成り立ってます。それでも難しいときは、テレパシーか夫か子どもを投入です。

英語で失敗したエピソード
 思い出せないほどありすぎて…。記憶からすぐ消してしまっています。

英語が100%ネイティブだったらどんな仕事に?
 ネイティブでもネイティブでなくても好きなことは変わらないと思うので、一緒かしら。

あなたにとって仕事とは?
 身体と自分を生かして喜びを感じること。それを周りの人と分かち合えればもっと嬉しいです。励みになるのは、ストアやレストランのスタッフ、カスタマーからのダイレクトな反応。「毎日食べても飽きないよね」「体の中からヒーリングされていくのを感じた。」「初めて使ったけど、なんでもおいしくなって驚いた。」なんて聞くと、明日も頑張ろうとエネルギーがむくむく湧いてきます。

生まれて初めてなりたいと思った職業
 小さい頃から長屋とか田舎のコミュニティーに憧れてました。いろんな世代の人がワイワイ集まる大家族の一員になるのが夢だったような。でも、Pappa Trahumaraのメンバーも、叡伝に集まるメンバーも、私にとっては家族のような感じなので、夢は叶っているのかもしれません。

いまの仕事に就いていなかったら
 これまでもずっとそうだったので、手と身体を使って何か作っていると思います。

現在、住んでいる家
 サンフランシスコ動物園とOcean Beachそばのコンドミニアムに住んでいます。

乗っている車
 2005年製プリウス。これでファーマーズマーケットにもデリバリーにも材料買い出しにも行ってます。味噌臭いと息子に不評。

睡眠時間は
 週六日は朝5時起き。土曜日はファーマーズマーケットがあるので朝3時起きです。だいたい6時間の睡眠時間でしょうか。

5年後の自分に期待すること
 5年後も50パウンドの塩や米袋が持ち上げられますように。で、若い力持ちのメンバーにいたわってもらえてるといいなあ。60歳以上の妙齢の女性だけが働ける発酵バー「おふくろ叡伝」とか作れたら素敵。

(BaySpo 2020/05/29号 掲載)

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