文化芸能編  Vol.53
黒瀧 康之さん
曹洞宗国際布教師。1985年、青森県弘前市に生まれる。駒澤大学を卒業後、曹洞宗大本山永平寺にて2年間修行を行い、僧侶の道に入る。曹洞宗北アメリカ国際布教総監である秋葉玄吾老師の紹介を受け、2015年にサンフランシスコ日本町、日米山桑港寺に赴任。
「お坊さん」は、「生き方」であり「あり方」
2015年から、サンフランシスコ日本町にある曹洞宗桑港寺の住職として、布教師としてはもちろん、日本の伝統文化を広め、コミュニティー活性にも精力的に取り組んでいる黒瀧さん。アメリカでは数少ない「お坊さん」として日々活躍する彼に、ベイエリアでの暮らしについて伺いました。
黒瀧 康之さん

(Koshi Kurotaki)BaySpo 1653号(2020/07/31)掲載

ベイエリアに住むことになったきっかけ
 サンフランシスコのジャパンタウンにあるお寺である桑港寺は当時、2年ほど住職がいない状態でした。そこで、ご縁がありお会いした曹洞宗北アメリカ国際布教総監を務める秋葉玄吾老師よりお誘いいただき、渡米を決めました。2015年に赴任しました。

ベイエリアの印象
 とても過ごしやすい気候だと思います。雪国生まれの私からすると、雪かきも衣替えもない生活は最高です。料理の美味しいレストランもたくさんあり、以前のアメリカの食事への先入観が一掃されました。また、アメリカの中でもアジア人にとって過ごしやすい地域だと思います。渡米して間もないころにアメリカ人の方と話し、数少ない英語のボキャブラリーを駆使し「すみません、あまり英語が話せないんです」と言ったら、「僕こそ、全然日本語を話せないよ」と対等な目線で返されたことが何度かあり、移民への理解を感じました。

自分の専門分野について
 サンフランシスコ日本町の曹洞宗寺院である、桑港寺の主任国際布教師を務めています。日系の禅宗寺院としてだけではなく、七五三や餅つきをはじめとした日本文化や伝統行事の保存と維持をしていく場、布教活動の拠点、日系コミュニティーの場などの多面的な役割を持ち、かつ多方面へ向けての活動を行う寺院の「お坊さん」として日々奮闘しております。

その道に進むことになったきっかけ
 もともと実家が寺なのですが、兄が後を継ぐ予定だったので、出家をする必要も覚悟もありませんでした。ですが、大学まで自堕落な生活を送っていた自分を鍛えなおすため、福井県にある曹洞宗の大本山永平寺で修行をすることにしました。お坊さんになるつもりで修行を始めたわけではなかったのですが、厳しい修行生活の中に「修行僧」として身を置いて一年も経つころには、すっかり自分がお坊さんであるという自覚を持っていました。

英語で仕事をするということ
 日本語でさえ伝えることが難しい専門的なお話を英語でしなければいけないので、非常に手を焼いています。ただ、難しい用語や表現を一度頭の中でわかりやすい日本語にかみ砕いていく過程の中で、仏教や禅についての新しい気づきがあったり、理解が深まったりすることがあるのは面白いものです。

英語で失敗したエピソード
 渡米して間もなくリスニングがほぼできなかったころの話ですが、お寺にお立ち寄りになられた方からの「Am I disturbing you?」という問いに「Yes!」と答えたことです。
あなたにとって仕事とは?
 お坊さんを仕事だと思っている人が多いかもしれませんが、「生き方」であったり、「あり方」と表現する方がふさわしいです。僧衣でお寺にいる時だけではなく、たとえTシャツとジーンズを着てバーにいる時間でもお坊さんです。特にアメリカでは数少ないお坊さんなので、お坊さん=のんべえ、なんて印象を持たれないように気を付けないと…。

生まれて初めてなりたいと思った職業
 小学生のころ、『さわやか3組』『天才てれびくん』などの子どもが活躍するテレビ番組を観て、俳優になりたいと思った記憶があります。子役オーディションのチラシを親に見せたらものすごい形相で引き留められてしまいましたが…。後に、小学校で行った劇のビデオに映る自分の演技を見て、引き留めてくれた両親に感謝しました。

いまの仕事に就いていなかったら
 企業勤めの、いわゆるサラリーマンというものをしてみたいです。「同僚が」「上司が」「営業先が」「プレゼンで」とか、友人の愚痴によく登場するような言葉に、かえって憧れを持ってしまいます。

現在、住んでいる家
 ツインピークス近くの日系人の方のお部屋を間借りしています。

乗っている車
 社用車、もとい寺用車なのですが、トヨタのプリウスに乗っています。

休日の過ごし方
 音楽が趣味なので、ギターを弾いたり曲を作ったりしています。また、Shelter in place以降は、桑港寺のYouTubeチャンネルに載せる動画を撮影したり、編集作業をしたりすることが多いです。

好きな場所
 オーシャンビーチです。以前近くに住んでいた頃、散歩がてらオーシャンビーチまで歩いて、ボーっと日没を眺めるのが好きでした。

最もお気に入りのレストラン
 サンマテオのつけ麺屋「Taishoken」です。元々つけ麺が大好物なので、本格的なお店が出来るとの情報が入った時は小躍りして喜びました。

よく利用する日本食レストラン
 「Yamasho」です。定期的に友人とカラオケを楽しみながら食べたり飲んだりしています。

日本に戻る頻度
 毎年夏に一度、お盆の手伝いのために実家の寺に帰っています。今年は状況的に難しそうですが…。

日本に持って行くお土産
 ワインは必ず買っていきます。Trader Joe'sのショッピングバッグとレモンソルトなどの調味料も喜んでいただけますね。

日本からベイエリアに持って帰ってくるもの
 お寺で使うものとお土産で荷物がパンパンになってしまいます。スペースがあればペヤングなどのアメリカでは手に入らないカップラーメン類を持ち帰っています。

現在のベイエリア生活で不便を感じるとき
 特にサンフランシスコでは物価ですね。家賃やホテル、外食などを選ぶ際の最低ラインが非常に高いため、生活の選択肢も狭まってしまっています。日本の友人を招待するのもためらいます。

現在のベイエリア生活で不安に感じること
 とにかく医療費が高いことです。今後、歳を重ねて大きい検査や治療をしなければいけない場合のことを考えると不安に思います。

日本に郷愁を感じるとき
 日本の四季は憂鬱でもありますが、愛おしく感じることもあります。春には桜が咲いているのを見ると地元弘前の桜を思い出しますし、夏は祭囃子がどこからか聴こえてくるような気がします。
お勧めの観光地
 ヨセミテ国立公園です。アメリカの広大な自然の中に身を置いていると、些細な悩みは吹き飛んでしまいます。

5年後の自分に期待すること
 5年後は四十路。とにかく愚痴や不満を垂れ流すようなことなく、毎日の生活にやりがいを持って楽しんでいてくれていたらいいなあ、と漠然と思います。家族は…持っているのかな。その点に関しては淡い期待だけ持っておきます。

最も印象に残っている本
 渡米してすぐに勧められて読んだ山崎豊子『二つの祖国』です。日本では、日系移民の歴史について学ぶ機会が非常に少ないことを実感しました。

最も印象に残っている映画
 ここ数年で一番感動した映画は、ピクサー映画『Coco(リメンバー・ミー)』です。日本へ向かう飛行機の中で観たのですが、隣の座席の方が寝ていたのが幸いでした。
自分を動物にたとえると?なぜ?
 猿ですかね。日系人の友人にモンキーというニックネームを付けられたからです。悪い意味はなく、”Monk(僧)-ie”とのこと。

座右の銘は?
 「後悔はしない、反省をする」
 過去にこだわってしまうことはよくあることだと思いますが、そういった失敗を顧みた上でいかに今のこの時間をどう過ごすかを大切にしています。前後にとらわれず、今この一瞬にフォーカスするというのは、禅の教えの基本でもあります。

(BaySpo 2020/07/31号 掲載)

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