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| 文化芸能編 Vol.16 |
深澤なつきさん |
ポートランド生まれ。ジュリアード音楽院を経てプラハ音楽院のほかブタペスト、コペンハーゲン、メリーランド州立大学で勉強する。アメリカ各地、ヨーロッパ各地、日本、イスラエル、オーストラリア、中国で演奏活動を行う。イタリアシュレルン国際音楽フェスティバルのアーティストファカルティを務める。Classicoとda capoからCDをリリース。著名なアメリカ人の略歴が掲載される年鑑録「Who’s Who in America」や「Women in Classical Music」に記載されるなど、実力とキャリアが注目されている。ウェブサイト:www.natsukifukasawa.com |
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演奏家は作曲家の意思を伝える仲介人 |
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北カリフォルニア中心に全米そして世界でピアニストとして活躍する深澤なつきさん。深澤さんのピアノへの想いや暮らしぶりを聞いた。
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ピアニスト(Natsuki Fukasawa) | BaySpo 1109号(2010/02/19)掲載 |
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渡米したのは? 13の時に、父の転勤で日本から最初はロサンゼルスに引越してきました。
ピアノはいつから? 母が同じくピアニストだったので、4歳になる前から私も習っていました。「やめたい」と思った反抗期もありましたが、子どもの頃から自然と、自分はピアニストになるものだと思って育ちました。高校卒業後はニューヨークのジュリアード音楽院に進み、そこで修士号まで学び、メリーランド州立大学で博士号を取得しました。
音楽の博士課程とはどんなもの? Ph.Dだと博士論文を書くのがメインだと思いますが、私の学位はD.M.A.(Doctor of Musical Arts)というもので、誰もまだ録音したことのない、デンマークの作曲家の新しい曲を録音し、それについての論文を書きました。
サクラメントに住むことになったきっかけ 夫がサクラメント州立大学で教えていたので、結婚を機に引越してきました。夫とはジュリアード時代に出会いました。彼もピアニストなので、お互いに批評しあったりもします。性格が違うので二人ともぜんぜん違う弾き方をするんですよ。
サクラメントの印象 引っ越した当初はなれるまで時間がかかりましたが今はとても好きです。サクラメンタンはフレンドリーな人が多く、よい友達に恵まれています。ただ夏は暑いですけどね。太陽で肌が焦げそうなくらい(笑)。その時期はサンフランシスコが羨ましいです。
現在の活動は? 教えることもしますし、ソロ、室内楽、コンチェルトやピアノ・トリオなどの演奏活動からコンクールの審査員まで、何でも屋のように色々なことをしています。今シーズンはソロと室内楽で州内、アラスカ、フロリダ、イタリアと中国で演奏しました。コンサートは忙しいときだと週に1回くらいありますが、ないときは1ヶ月くらい空いたりします。
好きな作曲家、分野は? ショパン、ラフマニノフ、シューマン、ベートーベン…、クラシックはみんな好きです。苦手な曲もたまにありますが、特に新しい曲を演奏するときは、なじむまでに少し時間がかかります。
留学経験 フルブライト奨学生としてプラハに留学しました。その後ブタペストとコペンハーゲンでも勉強しました。留学の前には1年間、チェコ語の勉強など準備していきました。レッスンは、担当の先生が英語と少し日本語も話せる人でしたが、普段の生活では頑張ってチェコ語を話していました。
言葉で失敗したエピソード チェコに留学してたときにチェコ語でいろいろ失敗しました。例えば、肉屋に行ってひき肉を買うときに200グラム欲しかったのに、間違って2キロも注文してしまい、冷凍庫に収まりきらなくて必死にひき肉ばかり、数日続けて食べたことがあります。
日本語と英語はどっちが得意? どちらが得意だと思いますか?私の日本語ヘンじゃないですか?(笑)日本に帰ると、両親にはよくヘンだと言われます。一時期、日本語をあまり使ってなくて、日本語を忘れていったことがあったんですよ。これはまずいと思って、朝日新聞をとって一生懸命読むようにしました。
アメリカ、ヨーロッパ、日本で感じる音楽環境の違いは? ちょうど留学中だった頃のプラハはまだ貧しく、人々の平均月給が200ドル、という時代でした。それでも音楽についていえば、毎晩どこかで必ずいくつかコンサートが開かれていた贅沢な環境で、特に私は学生証を見せると入場料が無料で、毎日いろいろなコンサートを聴きに出かけました。アメリカもコンサートの数でいえば悪くありません。日本はコンサートホールの数がとても多いですね。
深澤さんにとってピアノとは? 音を通した人とのコミュニケーション手段ではないでしょうか。演奏家の役割は作曲家の意思を聴く人に伝えるmediator(仲介人)だと思っています。楽譜にはただおたまじゃくしが書いてありますが、そこから作曲家の意思を掘り起こし、演奏を通して伝えるんです。掘り起こすことが目標のひとつでもあり、それができると本当に嬉しいですね。そのためにはリサーチをすることもあります。 ある新しい曲を勉強しているとき、存命の作曲家本人にいろいろと質問をしたことがありました。すると、楽譜は完成して出版されているのにも関わらず、「そこはそうじゃなくてもいいよ」とか「それもいいアイデアだね」なんて言って、けっこう自由なんです。楽譜にあることが最後ではないんですね。でもベートーベンには電話するわけにはいかないから、楽譜から演奏するしかありませんが、その楽譜の受け止め方もいろいろな種類があっていいし、それによって演奏もいろいろなバージョンがあっていい。それが音楽の面白いところでもあります。
音楽の道に進んでいなかったら? チルドレンホームか老人ホームで働きたかったと思います。それかマッサージセラピストもいいですね。人と接する仕事をしていたと思います。
乗っている車 ジェッタのマニュアルです。もう12万マイル超えているので買い替えないと…。
休日の過ごし方 このところほとんど休日はありません。仕事でドライブしてるときにつかの間の休日気分を味わいます。まとまった時間ができたら、ハイキングに出かけたり、お料理をするのも好きです。
好きな場所 緑とやわらかい太陽がある自然の中が大好きです。
最もお気に入りのレストランは? サクラメントでは「Rolle」という自家製のスモークサーモンとシーフードのお店や、イタリアのクラストに近い味が楽しめる「Mazullo’s Pizza」です。
よく利用する日本食レストラン しょうきラーメン!サクラメントの「行列のできるラーメン店」です。
日本に戻る頻度 年に1度です。もっと帰りたい!
日本に行って驚いたこと お店の店員さんなどはとても丁寧でサービスもすごく良いのに、公共の場で知らない人同士だと、けっこうみんな冷たい感じがしますよね。そのギャップが大きいと感じました。
日本に郷愁を感じるとき 横浜に住む両親のことを想うときです。
日本から持ってくるもの 焼酎が大好きなので、持って帰ってきます。特に黒糖が好きですね。
現在のアメリカでの生活で、不便を感じるとき 手打ちそばが食べられないことと、温泉に行けないこと。
お勧めの観光地 メンドシーノとハンボルト・レッドウッズ州立公園にあるアベニューオブジャイアンツです。
永住したい都市 どこでも住めば都です。
インタビューを終えて 国際的に活躍するピアニストとして、アメリカやヨーロッパでの生活が長い深澤さんですが、「温泉」や「焼酎」の話になると、顔が思わずほころぶところがまた素敵でした。
深澤さんに5つの質問!
最近読んだ本 「一人でも生きて行ける」と「1Q84」を読みました。村上春樹の大ファンでほとんど全部読んでいます。瀬戸内寂聴さんの本は前から読んでみたくてとても考え方に共感しました。もっと読んでみたいです。
最も印象に残っている映画 「Spirited Away」と「Out of Africa」です。スタジオジブリの大ファンで、特に「Spirited Away」からはメッセージを強く感じました。「ハウルの動く城」も大好きです。「Out of Africa」は自然がすごく美しく映像されていてその中でのロマンス。私にとっては最高のコンビネーションです。
自分を動物にたとえると? 自由とスキンシップが大好きなので猫。
大切にしているポリシーは? 人には思いやりと優しさで接する。どんな小さなことでも、与えられたものに感謝する。
5年後の自分に期待すること お母さんになっていたいですね。
(BaySpo 2010/02/19号 掲載) |
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