「地蔵プロジェクト」とは?
娘の通うサンフランシスコのリック•ウィルマーディング高校の生徒、全教師、保護者が立ち上げたプロジェクトで、東日本大震災で被災し、全校児童108人のうち74名の死者行方不明者を出した宮城県石巻市大川小学校の惨事に対して、「我々で何かできないか」と感じて始まりました。私と娘が2009年に「日米草の根交流サミット・宮城大会」でホームステイをしたのが石巻市だったことで強い思い入れがありました。プロジェクトの名前は、日本の道に立っているお地蔵さんが幼くして亡くなった子どもを懐に入れて三途の川を跳んで、向こう岸の天国に連れて行くという日本の言い伝えから使いました。支援は今後も続け、将来的には石巻市の生徒がリック高校に来てもらえるよう良い関係を構築することです。
石巻市訪問はどうのように実現
「地蔵プロジェクト」で集まった55箱分の物資を運ぶことになり、JALの無料郵送サービスを利用することになったのですが、サービス終了の1週間前で、日本政府からの書類、アメリカ政府からの書類が必要だったんです。大変な状態だった石巻市、サンフランシスコ市長から書類を至急いただき、高校から空港までの運送は日通さんが請け負ってくれました。成田空港から石巻市までの運送は、以前お世話になった国際草の根交流センター(CIE)の理事長さんが手配してくれ、本当にいろんな人にお世話になって無事、石巻市の子どもたちに届けることができました。
被災した宮城県を訪問して何を感じましたか
街は、戦争で空襲があったかのような光景でした。被災された方々にお会いしましたが、家族や家も失っても、生き残った家族が一人でもいたり、大切な友人が生き残ったことにただただ感謝する姿を見て、何か人生の意味が分かったような気がしました。私も24歳のときに母親を亡くして以来、家族を第一に思って毎日を生きてきました。人は悲しみを体験して何かに気付くんです。私は若いころに体験しました。今回の訪問はそれを再認識させてくれました。
震災で被災した方たちに必要なものは、物資とお金なのですが、もう一つ必要な物があります。それは、世界中の人々が、チャリティーイベントなどを通して支援していることを伝えることです。被災者はそれを知らない。精神的な支えですね。震災後、ほとんどの外国人が日本から出て行ってしまったと聞きました。被災地で暮らす方々は孤立感を味わっています。ですから、今回の訪問は、世界中で彼らが忘れられていないということを伝えることでもありました。
被災した石巻市の子どもたちはどうでしたか
最初、子どもたちに対面したとき何と言ってよいか分かりませんでした。子ども対して「がんばってね」と私たちはよく言いますが、家、家族、友人を失った彼らにこれ以上「がんばれ」とは言えないんです。プレッシャーがかかるかもしれませんし、命令口調に聞こえるかもしれない。だから私は「一緒にがんばりましょう」と言いました。リック高校からの物資で、バックパックには文房具の他にリックの生徒みんなが日本語で一生懸命書いた手紙が入ってました。ぎこちない日本語を見て笑顔を見せた子どもたちもいました。リック高校みんなの気持ちが伝わったと思います。高校生は愛嬌がありました。「リック高校の女の子はかわいいの?」なんて聞かれました。
2010年の草の根サミットでのお仕事は
大会事務局長として訪米団体250人のための日程調整やホームステイ先の確保などを任され、大変な仕事でした。当時娘の通っていた小学校の保護者らも巻き込んで手伝ってもらいました。日本とアメリカの文化交流を通して、ベイエリアで活動する多くの団体や人たちとお仕事をすることができ、ベイエリアを違った角度から見ることができるようになりました。
草の根サミット参加のきっかけ
2009年に福岡県人会が主催で福岡県にホームステイで滞在中に宮城県で「草の根サミット宮城大会」が行われていて、娘二人と一緒に石巻市へ行ってホームステイしたことがきっかけです。
日本語はどのように
子どものころロサンゼルスの日本語学校で勉強しました。10年ほど通いましたが読み書きは忘れてしまいました。草の根サミットもそうですが、石巻市を訪問できたのも、あの頃日本語を勉強していたからからです。ビジネスとしての英語ではなく、心から話せる日本語ができますので、今になって勉強させてくれた両親に感謝してます。
KTSFではどんな番組を?
毎月、2週目土曜日の午前6時から30分、日本人、日系人のベイエリアでの活動を紹介してます。先日、サンタローザで日系祭があり、日本へ贈るための大きな千羽鶴を作ってました。ここ1年間は震災関係の活動を取材していこうと考えてます。
日本語で失敗したエピソード
別府の温泉旅館に宿泊したときでした。深夜12時になると、男湯と女湯ののれんが入れ替わる温泉だったんです。そのサインを読みわすれて、男湯に...。目に飛び込んできたのは違った風景でした。間違えた私よりも、その場にいた男性の方々の方が驚いてました。
初めてなりたいと思った職業
学校の先生。子どものころ、弟を前に座らせて先生と生徒のマネごとをしていました。
乗っている車
クライスラーのバンです。子どもが3人いますし、何かのイベントがあれば友人の子どもたちも乗せるので。
休日の過ごし方
ほとんどが子どもたちのイベントですね。
好きな場所
家のキッチンカウンターです。台所の前にカウンターを設置したので、子どもたちが食べたり、勉強したりする様子を見ながら料理ができるんです。そのように子どもたちと一緒に料理したり話したりしてましたから、主人も含めて皆が料理をするんです。
お気に入りのレストラン
ベイエリアにはいろんな食べ物があるので、誰かの誕生日があるたびにいろいろな国の料理を食べにいきます。日本人の方には、ベイエリアにいる間にいろんな料理を試されることをお勧めします。いい勉強にもなりますし、良い経験にもなりますよ。
睡眠時間・起床時間・就寝時間
あまり寝ません。朝は6時ごろに起き、仕事、運動など子どもたちが起きる前にやるべきことを終わらせます。昼にはボランティアや子どもの通う学校のミーティングなどでスケジュールがいっぱいですね。
1億円当たったとして、その使い道
主人の両親ら両方の家族が集まって旅行したことがないので、全員でどこかへ行きたいですね。また、石巻市の子どもたちのサポートを続けたいです。
最近日本に行って驚いたこと
エネルギーの節約のため、東京中が暗かったことと、皆さんが思ったより普通の生活をしていました。
日本に持って行くお土産
日本では売られていないナパのワインやSFジャイアンツのTシャツ。
日本からベイエリアに持って帰ってくるもの
趣味でギフトラッピングをしていて、日本できれいにパッケージされた物を持ち帰ります。
ベイエリアのお勧めスポット
サンフランシスコのスートロバスに続くトレイル。デヤング美術館の最上階から見るサンフランシスコ。
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■インタビューを終えて
取材当日、井上さんお気に入りのキッチンカウンターでランチをご馳走になりながらお話しました。母親として家族のために全力投球する毎日に加え、人間関係を大切にする井上さんの温かみを理解することができた数時間でした。