日本刀の魅力とは?
日本男児なら一本は持たないとカッコつきませんよ。戦争に使ったと言うけれども美術品として、工芸品として、そして武器として世界一じゃないでしょうか。切れ味はいいし、昔の人はよく考えましたね。奥深い歴史があり、男の象徴という感じですね。玉鋼(たまはがね)の材料があり、焼入れなどのプロセスがありと、他にあまり知っている人がいない技術でもある。加えて、武士の出てきた平安後期に刀が出てきて、元寇があり豪壮に改良され、室町時代には足軽用に刀の体配が変わってくる。刀を学ぶことは歴史を学ぶことでもあるので楽しいです。戦国史は特に面白いですね。買うと値段は高いですが、高いから持てないのではなく、中にはガレージセールなどで20ドルくらいで本物を買ってくる人もいます。買うときの鑑定方法なんかも教えてます。
桑港日本刀協会を設立した主旨は?
日本文化の継承。誰もやりませんし、結構面白いし。協会を作ったのはアメリカ人に勉強してもらいたいと思ったからです。悪いこと言っちゃいけないけれども、日本人でも武道や空手をやる人がずいぶんいなくなったし、剣術、剣道、柔道といったらオリンピックでしか注目を浴びないし。私も武道をやっていたので、一貫としてやっている日本武術鍛錬協会で剣術も主要な部分です。日本刀に興味を示してくれた人はずいぶんいましたからね。日本人はあまりいなかったけれども、アメリカ人はコレクターもいるんですよ。ベイエリアに100人近くいて、30-40人がアクティブで、アメリカ中には850人協会のメンバーがいます。日本には200人くらいの弟子がいます。
星野さんにとって仕事とは?
武道をやっていて最終的にたどり着いたのが、日本刀だったんですよ。結局、空手やる柔道やるって言っても技術ばかりで、刀ですともっと奥深いですよ。普通じゃできません。意気込みが必要です。ちゃらんぽらんに1、2年で覚えようという態度ではなく、人生の仕事みたいな感じです。ですから、刀鍛冶の弟子になったんですよ。師匠から世界で一人か二人しか知らない技術を伝授してもらいました。そういうところまでたどり着くまで大変でした。先生にもなりたかったですから。でも私はまだ習いたいので、先生であって生徒でもあるんですね。日本の博物館巡りとか、国宝や重要文化財を持っている人の所へ行って話を聞きます。しかも、アメリカには珍刀奇刀や国宝重要文化財がバンバンあります。趣味と実益が合ってますので、うれしくて仕事をやってますのでストレスは全くありません。好きなことやってお金をもらえるなんて最高ですね。そんなことで、知り合いや友人はたくさんできました。刀に刻んである銘も読んで理解できるようになり、その知識を継承したいのですがアメリカ人では読めません。日本人の人を探しています。私一代で終わるかもしれません。
ベイエリアに住むことになったきっかけは?
日本は住みにくいと思いましたし、落ちこぼれで日本じゃ何もできないと感じてました。あの頃は将来性がなかったです。例えば、皆のように大学卒業して、会社に入り、子供ができ、家を買って...面白くなかった。私は、人のやらないことや人が持っていないものが好きですから。私の車には壁画みたいなものを描いてます。普通の人はやんないですよね。最初はスイスでチクタクの時計職人、ドイツかスエーデンでエンジニア、イギリスで医者になろうかと考えてましたが、ロサンゼルスに腹違いの兄がいて、しかもハリウッド映画で出てくるような女性に憧れましたね。それで、鼻の高いアメリカ人女性と結婚したくて渡米しました(笑)。
ベイエリアの印象は?
ヒッピーの落ちこぼれみたいなのがいました。ヤッピーって言うんですか結構インテリで面白いのもいましたね。彼らと友達になりギターを一緒にやりました。ギターをやってたので、女性にはもてましたね。スコット•マッケンジーの「花のサンフランシスコ」ママス&パパスの「カリフォルニア•ドリーミン」を歌ってました。
英語で仕事をするということには?
指導しているときは日本語を使ってます。例えば、日本刀専門用語の「刃紋」とか「働き」などのターミノロジーを覚えてもらってます。覚えてもらうときは英語で説明します。日本刀でも「長刀」「短刀」「脇差し」「剣」などを覚えてもらいます。覚えない人には基本的に教えません。アメリカの大学で講義したこともありますし、小中高学校でも講義しました。日本人でも分からない日本語を英語で教えています。
英語で失敗したエピソード?
LとRの発音ができないから、「何を言っているか分かりません」ということがありました。今はできるけど、意識しながら発音してます。
英語が100%ネイティブだったらどんな仕事に。
最高裁裁判長。いつも誰かを捕まえて蹴りを入れて(笑)。えばる仕事がいいのでカリフォルニア州知事もいいですね。
生まれて初めてなりたいと思った職業
8歳のときにドイツの歴史に興味を持ち、本気で職業軍人としてドイツ戦闘機のパイロットになりたかったです。
乗っている車
フェラーリなどドイツ車5台と、最近買った中古のトラック。
睡眠時間・起床時間・就寝時間
土日関係なく睡眠時間は7時間強。6ー7時頃に起きて、寝るのは11ー12時の間。
休日の過ごし方
休日、平日、誕生日も関係ない。道場は開いてます。以前は正月、クリスマスも稽古してましたが、最近は休む生徒が多くなってきた。
好きな場所
ゴールデンゲートブリッジが目の前で見ることができるMarin Headlandの丘。山口百恵が昔登ったんですよ。
最もお気に入りのレストラン
自宅近くにあるチャイニーズレストラン。パパとママがいい人で英語ができないけれども面白いんです。本当においしいんです。ギターの演奏をさせてくれるんです。
1億円当たったとして、その使い道
桑港日本刀博物館を正式に公共オープン。入場料をしっかり払ってもらいます。
最近日本に戻って驚いたこと
言葉遣い。「〜的には」なんて使っている人が多かった。
日本に持って行くお土産
パンのサワードウ。日本にはないので、酸っぱいパンなんで皆喜びます。
日本からベイエリアに持って帰ってくるもの
刀の修繕をしているときに手をよく切るので、日本のオロナイン軟膏をよく持ち帰ります。
現在のベイエリア生活で不安に感じること
下手な運転をする人が多くなってきたこと。危険です。
日本に郷愁を感じるとき
米国にある温泉に入り、きたないと感じるとき。
お勧めの観光地
サンフランシスコの曲がりくねったロンバードストリート。
5年後の自分に期待すること
公共日本刀博物館館長。最後は館長として死にたい。
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■インタビューを終えて
サンフランシスコ•カウパレスの近くにある自宅にお邪魔しました。リビングルームいっぱいに敷き詰められた刀のケースに、修理修繕を行う仕事場からは職人のにおいがぷんぷんとしてきました。普段の出で立ちも常に草履や和服を身にまとっている星野さんからは「我が道を行く」という言葉が最もふさわしいと感じました。