文化スポーツ編  Vol.44
斉藤武さん
 東京都台東区出身。ニューヨークに道場を開く大山空手総主である大山茂の内弟子になるため1994年に渡米。5年間の内弟子生活の後、2001年にベイエリアへ。現在、サンフランシスコとサンマテオに大山空手道場を持つ。サンフランシスコ在住。妻と2歳の息子の3人家族。
とにかく一歩前に出る
 サンフランシスコとサンマテオに空手道場「ワールド大山空手」を構える斉藤武さん。アメリカで空手を教えることになったいきさつや大山空手の魅力、ベイエリアでの暮らしぶりなどを聞いた。
斉藤武さん

大山空手サンフランシスコ・サンマテオ道場代表(Takeshi Saito)BaySpo 1151号(2010/12/10)掲載

日本でも空手を?
 日本でも空手は長い間習っていたのですが、教えてはいませんでした。高校を卒業した後、すでに海上保安学校に入学することに決まっていたのですが、どうしても本格的に武道を学びたいという思いが強く、入学式の一週間前に入学をキャンセルしてしまったんです。もちろん親は怒りまして、ケンカをして家を飛び出してしまいました。その頃から、ニューヨークに住んでいた空手家の大山茂先生の弟子になりたいという夢を持っていたので、渡米に向けてまずはお金を貯めることにしました。ところが、アルバイト先の懐石料理店でシェフの方に「アメリカに行くなら日本食を勉強しておいたらきっと役に立つ。きちんと教えてあげるから、そんなに焦ることはない」とうまく丸め込まれまして(笑)、7年間もそこに勤めたんです。結局、アメリカで料理を仕事にする機会はありませんでしたが、茂先生の内弟子として暮らしていたとき、料理当番になると「斉藤の食事は美味しい」と喜ばれたので、今思えば本当に習っておいてよかったですね。

大山茂氏の弟子になりたかったのはなぜ?
 茂先生は国際大山空手道連盟の総主としてニューヨークを拠点に海外で空手を広めるために力を尽くしてきた方で、先生の著書「USカラテアドベンチャー」を読んでとても大きなインパクトを受け、そこから自分もいつかアメリカで空手をやっていこうという目標を持つようになりました。お金も貯まって、いよいよ渡米しようと決心した時にまず、ニュヨークの先生のところに「内弟子にしてほしい」と電話をしました。そしたら「内弟子として5年間やれる覚悟があるんだったら」ということだったので、「アメリカで空手を教えたいという夢があるのでやります」と言ったんです。すると「わかった、何の心配も要らないから来い」と力強く応えてくださいました。

内弟子になってから
 1994年に渡米してニューヨークの道場に5年間住み込みながら練習させてもらいました。言葉通り、本当に朝から晩まで道場の中で暮らす生活で、夜になると道場にマットを敷いて、その上に寝袋を置いて、パンチやキックのクッションを枕にして寝るんです。練習のほかには道場のオフィスワークをさせてもらったり、黒帯をもらってからは生徒に教えたりもしていました。

ベイエリアにきたのは?
 4段をもらってから、自分の道場を開く許可をいただいて、2001年にベイエリアに引越してきました。この場所を選んだ理由は西海岸には道場が少なかったということと、テレビの旅番組で観たサンフランシスコの美しさが記憶にあったからです。現在はサンフランシスコとサンマテオに開いた道場で教えながら、アラバマに住む茂先生の弟の大山泰彦先生に習い続けています。

大山空手の特徴は?
 稽古体系がきちんと確立されているということです。レベルに合わせた稽古の仕方など、泰彦先生がまとめ上げたテキストとカリキュラムが、世界中どこの大山空手の道場に行っても使われています。

5年間の内弟子生活で学んだことは?
 「一歩前に出ること」でしょうか。以前から私は決断力や行動力がある方ではなく、どちらかというと優柔不断なタイプだったんです。そんな私にとって大きかった学びは「失敗してもいいから、とにかく一歩前に出る。どんなに怖くても、とにかく一歩前へ」ということ。技を出し合う「組み手」という練習でも、構え合うと怖いものですが、まず一歩自分から出て行った方が技も決まるし、安全なんです。私の場合、道場を開いてからも「大会を開催しなさい」という課題をいただきました。最初は、うわ、主催なんてやったことないし、どうしよう、と思うわけです。でも色々失敗をしながらも何とかやってみると、またそこで違うものが見えてくるんですよね。自分の限界を越えるために、直接言葉で指導されることもあるし、遠まわしに気づかせるように教えられることもあります。師匠は有難いなぁといつも感謝しています。と同時に、未だに先生から直接指導を受け続けられていることに喜びを感じています。

空手の魅力は?
 例えば道場を見学にくる人には、すぐに「遠慮します」という人と、これだ!と思う人の真っ二つに分かれます。ほかのスポーツでも、汗をかいて気持ちよくなるところまではいくと思いますが、道場ではちょっとその先、苦しさや痛みを味わうところまでやりますから、そこでしんどいと思いながらも、それをやりきった後に、頑張れた自分の新しい可能性に気づく、そういった新鮮な感覚に喜びを見出す人は多いと思います。

空手を通して伝えたいことは?
 大山空手の考え方に、「考える前にまず汗をかこう」というのがあります。悩んだりする前にまず汗をかくと、自然と自分の中から答えが出てくるものです。泰彦先生も定期的にアラバマからベイエリアへ来ますが、いつも空港から道場に直行してまず汗をかいています。その姿を見ると気持ちが引き締まります。

英語で教えるということ
 生徒の半分以上はアメリカ人ですが、英語はもう全然だめです。それで何人の入門希望者を失ったことか…(笑)。教えるときは、(足を指差して)ここ!(蹴るふりをして)バーン!という風にしっかり見せますから大丈夫ですよ。

1日のスケジュール
 6時半か7時くらいに起きて、子どもの面倒を見て、道場は午前10時から夜は9時か10時くらいまで道場で教えたり練習をしたりしています。本当に自分のための稽古は毎日1時間半くらいでしょうか。体を整えるためのメニューがあって、これだけは毎日やらないと気持ち悪くなります。

日本に行く頻度
 1回は大山空手の大会のお手伝い、審判やこちらの生徒を引率していくこともあります。あとは年末に里帰りです。

最近の日本についての印象
 歩いてる人も建物も、どんどん変わってきていますから、何もかもびっくりというか、見ていて面白いですよね。
 でも武道の世界は変わっていないと感じます。変わらない部分も大切ですが、武道というとちょっと堅苦しい、暗い感じがしないですか?最近では、アメリカで修行をして日本で道場を開く人も増えてきていますから、その辺に少し変化が出てきているかもしれません。特に大山空手は笑顔で明るくいきましょうという雰囲気なので、そこからまた新しい風が吹き込まれるといいなと思います。

好きな場所は?
 誰もいない道場が好きです。色々な考えも浮かんできます。

1億円当たったとしたらその使い道は?
 泰彦先生の自伝「内弟子inアメリカ―空手物語」を映画化するのに使いたいですね。

ゴールは?
 何でもそうだと思いますが、上を見れば上がいる。その人達に、この道は入れば入るほど奥が深いと言われちゃうと、簡単に目標というのは掲げられないという気がします。そして自分の師匠が何歳になっても、自ら汗をかいて私達を引っ張っていってくれる姿を見ていると、やはりゴールなんてないなと思います。

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インタビューを終えて
 サンマテオの道場に伺ったところ、そこには一生懸命練習するアメリカ人女性の生徒が。道場を出るときや斉藤さんの前を通るときに、元気よく「オス!」と挨拶する姿が印象的でした。強くなるための鍛錬だけでなく、礼儀礼節といった大切なものもしっかりと教えられていると感じました。

(BaySpo 2010/12/10号 掲載)

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