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| 一般編 Vol.140 |
根本透さん |
1951年栃木県生まれ。1974年東北大学工学部卒業。1980年ペンシルベニア州インデアナ大学心理学部卒業。1982年ペンシルベニア州インデアナ大学心理学部修士課程終了。1988年ニューヨーク大学心理学部博士課程終了。1993年UCSF, Institute for Health Policy Studies, Post-Doctoral Fellow 終了。1993年から2007年までUCSF医学部、准教授。2007年から現在まで公衆衛生研究所、リサーチディレクター。 |
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社会的弱者との共生 |
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Community Psychologist、Public Health Researcherとしてドラッグ中毒者、セックスワーカー・ゲイの人たちのHIV感染予防につとめている根本さん。東日本大震災で心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負った人たちへの支援プログラムも「ジャパンリカバリープログラム」も立ち上げるなど忙しい毎日を送っている。 |
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(Toru Nemoto) | BaySpo 1225号(2012/05/18)掲載 |
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ベイエリアに住むことになったきっかけ アメリカには1978年に来ました。Indiana University of Pennsylvania の心理学部に編入したんです。その後1991年にカルフォルニア大サンフランシスコ校Institute for Health Policy Studies (健康政策研究所)でポストドクトラルのフェローシップが出たのでサンフランシスコに来ました。それ以来ずっとベイエリアに住んでいます。
ベイエリアの印象 1978年に一度ベイエリアに住んでいる友人を訪ねて一週間ほどバークレイに滞在したのですが、そのころはまだヒッピー文化の影響が残っていました。現在はだいぶ違っていますが、多文化、他人種の尊重、リベラルなカルチャーは気に入っています。
自分の専門分野について 私はCommunity Psychologist、Public Health Researcherとして働いています。主に薬物乱用の治療と予防、HIV感染の予防、ゲイの男性、トランスジェンダーの人々、薬物使用者、セックスワーカーなど、特に社会から差別されている人々を対象にした介入プログラムを主に米国政府からグラントを得て運営しています。
その道に進むことになったきっかけ 日本では東北大学工学部卒業後、川崎重工でエンジニアとして働いていましたが、なんとなく違うことがしてみたくなり、その後アメリカに渡り心理学を専攻しました。ニューヨーク大学心理学部で博士号取得後、1988年にニューヨーク市のハーレムやブルックリンにある「メソドン・メインテナンス・プログラム」という主にヘロイン中毒者の治療プログラムで働きだしたのがきっかけです。
メソドン・メインテナンス・プログラムとは メソドンとは、ヘロイン中毒者を治療するために使う薬品で、一日一度投与します。ヘロインとは作用は似ているのですが化学構造が異なります。これを投与し続けることによって中毒を治療し、中毒患者に社会復帰してもらうことが目的です。
英語で仕事をするということ 数多くの研究論文を英語で書いていますが、いまでもプロフェッショナルのEditorにいつもチェックしてもらっています。
英語で失敗したエピソード 失敗というより、人生の半分以上をアメリカで過ごしているので英語は日常語ですが、未だに多くの無神経な人々、特に自分ではリベラルと思っている人からも時々差別やハラスメントを感じることがあります。アジア系、ヒスパニック系などの移民に対して、アクセントがあって英語が解りにくい、正しい英語が書けてない、といって差別するのではなく、移民の文化から物事を学び、移民の経済への多大なる貢献を尊重することが重要と思います。移民とアフリカからのスレイブ(奴隷)として連れてこられた黒人がアメリカという国の300年の歴史の基礎だと思います。もちろん何千年前から住んでいたネイティブアメリカンの人々を殺戮してこの国が創られたことも忘れるべきではないと思います。
英語が100%ネイティブだったらどんな仕事に 変わらないと思いますね。本が好きなので、希望としては小説家でしょうか。
あなたにとって仕事とは 自分の仕事を通して経済的に恵まれない人々、社会から差別を受けている人々の健康やクオリティー オブ ライフの向上に寄与できればと思います。大学を出て初めて職に付いた時はサラリーを貰って本、花、レコードがあまり気にせず買えることが嬉しかったですけどね。
生まれて初めてなりたいと思った職業 オーケストラの指揮者。小学校5年生から中学2年生まで合唱団に入っていたんですよ。
いまの仕事に就いていなかったら アーティストか建築家ですね。絵を描くのも好きです。
現在、住んでいる家 サンセットの隣の家と家がつながっている長屋に住んでいます。ジャクージーがあり、ナイスオーシャンビューですが年の三分の一は霧の中です。
乗っている車 1992フォルクスワーゲン、カブリオレ
睡眠時間・起床時間・就寝時間 分割睡眠なんです。10時から夜中1時と朝4時から7時が睡眠時間です。だいたい夜10時頃にいつもうたた寝をしてしまい、夜中にゴソゴソと起きて本を読んだり活動をし始めちゃうんです。そのあと4時頃になるとまただんだん眠くなってきて寝る、というのがパターンです。
休日の過ごし方 YMCAで水泳をしたり、娘とスポーツの練習したりしますね。あとは庭の草取りもします。
好きな場所 ゴールデンゲートパークの、25thアベニューとリンカーンから入った所にあるポンド。春は桜がきれいです。夏は水が臭いのが難点ですが。家から近いスターングローブは2匹の犬と毎日散歩に行きます。
最もお気に入りのレストラン ノリエガストリートと32thアべニューにあるチャイニーズのラーメン屋さん「Ming Tai」。ワンタン麺がおいしいです。
よく利用する日本食レストラン Kazu、アービンストリートにあるレストラン。1ヶ月に1回くらい行きます。ダウンタウンオークランドにあるイチローにも昼飯を食べに行きます。食べられないくらい量の多いチラシ寿司がお勧めです。
1億円当たったとして、その使い道 もちろんジャパンリカバリープロジェクトに使います。
日本に戻る頻度 1年に2回から3回
最近日本に戻って驚いたこと きれいな黒髪の女性を見ることが多くなったこと。
日本に持って行くお土産 サンフランシスコジャイアンツのグッズとワイン
日本からベイエリアに持って帰ってくるもの T-Shirtsとかおもちゃですね。いつも泊まるホテルの前のフランク、フランクで買うことが多いです。
現在のベイエリア生活で、不便を感じるとき Muniのサービスの悪さ。特に月曜日。
現在のベイエリア生活で不安に感じること 地震とそれに伴う火事
日本に郷愁を感じるとき 日本の俳句、詩を読むとき
お勧めの観光地 ヨセミテ、キャンプメーサー
永住したい都市 タイのチェンマイ。気候がよくて田舎でいいところです。
5年後の自分に期待すること 今の仕事を続けられること、特にジャパンリカバリープロジェクトの資金が増えて様々な支援活動が出来ること。
最も印象に残っている本 母の短歌集『もくせいの花』と自分の詩集。この『もくせいの花』は母が亡くなったときに遺品を整理していたときにでてきたもので、父がそれをまとめたものです。
最近読んだ本 メタボラ、桐野夏生、戦場のニーナ、なかにし礼;日本辺境論、内田樹;さよなら渓谷、吉田修一
最も印象に残っている映画 ウェストサイドストーリー、ウッドストックコンサート、Let It Be
最近観た映画 Chico & Rita
自分を動物にたとえると?なぜ? 狼。一匹で行動するところ、狙ったらしつこいところ。
座右の銘は Giving and sharing with compassion and sympathy that give us the meaning of life.
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取材を終えて ゲイやセックスワーカーの人たちなどのHIV予防、ドラッグ中毒患者の治療など、普段なかなかお聞きすることのできない話をたくさんしていただき、とても勉強になりました。一方で、趣味がたくさんあり、とても多才な方なんだなと感じました。ジャパンリカバリープロジェクトでの活動もがんばってください。
(BaySpo 2012/05/18号 掲載) |
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