文化芸能編  Vol.14
高橋恵子さん
愛知県名古屋市出身。ダンスカンパニーに所属し、作曲等の音楽活動に携わる。1996年より夫でミュージシャンの喜多郎氏とともにコロラドに住む。4年半前よりセバストポールに移住。喜多郎氏のコンサート活動にはキーボーディストとして参加。
テレビもないせいか、時間の流れ方がゆっくり
世界で活躍するグラミー受賞ミュージシャン、喜多郎氏の妻であり、キーボーディストとしてコンサート活動にも参加する高橋恵子さん。4年半ほど前にコロラドから引っ越してきたセバストポールに暮らしている。空気がよく、満天の星が望めるこの町で、畑で育てた自家製野菜を楽しむ生活が大好きだというという恵子さんに現在の暮らしぶりを聞いた。
高橋恵子さん

キーボーディスト(Keiko Takahashi)BaySpo 1106号(2010/01/29)掲載

ベイエリアに住むことになったきっかけ
 もともと20歳の頃と、その後少し経って23歳くらいの時に、バークレーに1年くらいずつ住んだことがありました。ヒッピーなど、バークレー特有のカルチャーがすごく面白いと思っていたので。その時に舞踏家の玉野黄市さんとか、色々な方との出会いがありました。
 喜多郎さんと結婚して再び渡米するまでは日本に住んでいました。アメリカでははじめはコロラドに10年くらい住んだ後、このセバストポールに引っ越してきました。

ベイエリアの印象は?
 バークレーは少し車が増えた程度で、あの雰囲気は昔と変わってないですね。セバストポールは平和でとても住みやすい町。サンフランシスコから車で1時間ちょっとで、こんなに緑が多くて、空気がきれいで、星がたくさん見えるなんて、本当に恵まれていると思っています。ここにいたら健康になるよね、なんて友達にもよく言われます。

日本では?
 ずっと音楽をやっていました。プレイヤーというよりは作曲の方を積極的にやっていて、ダンスカンパニーで、主にモダンダンスに合わせて曲を作ったりしていました。

喜多郎さんとの出会いは?
 古い友人を通して知り合いました。初めて会ったのは、富士山の近くで音楽関係の人たちが多く集まっていた場だったんだけど、その中で私と喜多朗さんだけが愛知出身だったんですね。それで「愛知県だぎゃぁ」とか言いながら仲良くなって(笑)、コンスタントに「元気?」なんてやり取りするようになりました。

なぜコロラドからセバストポールへ?
 ある日、ご飯を食べていたら喜多朗さんが突然、「引っ越そう!」と言い出したんです。コロラドは自然も素晴らしくてとても良いところだったんだけど、冬は雪が大変で…。ツアーで旅に出ることも多かったので、出発前に夜中まで雪かきすることもよくありました。だから引越し先は暖かいカリフォルニアに、という話になったら、さっそくもう喜多郎さんが「じゃあ来週、ロサンゼルスからドライブしよう!」と。それでカリフォルニアを北上しながら見て行ったんです。ドライブから戻って、どこが良かったかと考えたときに、セバストポールには仲良しのグレイトフル・デッドのミッキー(ハート)もいるし、気に入った家も見つかったのですぐに引っ越して来ました。

現在住んでいる家について
 この家は3ベッドルームです。敷地内に音楽スタジオがあって、毎朝、喜多朗さんが「行って来ま〜す」と出勤していきます。

現在の音楽活動は?
 私は基本的にレコーディングには参加せず、コンサートでのみ演奏します。後は曲作りの時にアイディアを出したり。
 コンサートが近くなると音楽に集中します。忍耐力がないので、もう短期集中(笑)。私のキーボードの周りはアンチョコのメモだらけなの。私も喜多郎さんも楽譜は使わず、指でこう合図したらこのフレーズが入る、とかそんな風に演奏するんですよ。もちろん楽譜を使うメンバーもいます。自分の一番やりやすいやり方でやってますね。

1日の過ごし方
 それがぐうたらなんですよ。いい加減にしなさい、っていうくらい寝ますから(笑)。起きるのは8時半頃。天気がいいと、ほとんど外に出て畑仕事をしています。お昼になるとスタジオにいるスタッフへランチをケータリング。畑の野菜をよく使って。雨が降っているときは事務員に変身して、税金とかレシートの整理とかしています。いわゆる「なんでも屋」なんです。日が暮れると、これを楽しみに生きている、っていうくらいワインを飲みながら楽しい夕げの時間。場所柄、ワイナリーはあちこち巡りましたね。夜はビリヤードで喜多郎さんと勝負しています。このところ15連敗くらいしていますが…。ここにはテレビもないせいか、時間の流れ方がゆっくりに感じます。

好きなワイナリーは?
 近所にあって、日本人がオーナーの「幻Vinyards」、それからメンドシーノにある「Bonterra Vinyards」がお気に入りです。

畑ではどんな野菜を?
 トマトとか定番の野菜もあるけど、ほかにはみょうが、ゆずの木、水菜、ニラなど、なるべくマーケットで買えない和ものも育てています。

留学経験は?
 17歳の時に交換留学でノースダコタに来たことがあります。その時のホストファミリーがすごくいい人たちで、今でもお付き合いがあります。私の母が海外好きのおばさんで、外国人のお友達がいたりしたので、私も小さい頃から海外に対しては憧れを持っていたかもしれませんね。

英語を使うことは?
 音楽をやる上では、「ギチギチした音」とかそういったニュアンスを伝えるのが特に難しく感じます。

子供の頃なりたかった職業
 テレビの影響だと思うんだけど、スパイと魔女になりかった。アタッシュケースを買ってもらって、なりきったこともあります。

日本へ戻る頻度
 年に5、6回は行きます。私は日付変更線で人格が変わるみたいで、日本にいると和食が美味しくて、日本はいいなぁなんて思うんだけど、こっちに帰ってくるとコロっと変わって、やっぱカリフォルニアだよな〜ってワインとチーズを食べたりするんです。その土地のものが美味しくて、一番自然なことなのかもしれませんね。

日本に持って行くお土産
 うちのレモン。すごく美味しいのよ。フルーツでも、税関で検査してもらえば持っていけるものもあるんですよ。

好きな場所
 おうちかな。出かけるのも好きだけど、家にいなさいって言われたらずーっといても平気。キッチンの窓から、天気や光が変わっていくのを見るのが好きですね。

お勧めの観光地
 九州はいいですよ〜。温泉があって、食べ物も美味しくて。
  
よく行くレストラン
 セバストポールにある「Peter Lowell's」っていうオーガニックのデリ。地元のワインも飲ませてくれます。

現在の生活で不便を感じること
 この間、旅先から久しぶりに帰ってきたら、嵐で家が3日間停電したことがありました。薪ストーブで暖をとって、ストーブで料理もできたんだけど、問題が水。この辺りは全部自分の井戸から電気ポンプで水を汲み上げているんです。電気がないと水もなくて、シャワーも浴びられない。2日目くらいからホームアリ・ホームレスみたいになってました(笑)。不便といえばそんな時くらいでしょうか。

永住したい場所
 今はもうここ、セバストポールかな。

インタビューを終えて
 自然に囲まれたセバストポールのご自宅にお邪魔しました。英語で話すとき、日本語だと私って面白いのに、と悔しい気持ちがするという恵子さんの言う通り、終始、笑いがたえないインタビューでした。爆笑しているところ突然ドアが開き、喜多朗さんが現れるという感激の一幕もあり、思い出に残るひと時を過ごさせていただきました。

(BaySpo 2010/01/29号 掲載)

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